第17話

 延令の城市を出て二日。延令府と康令府の境に位置する村に着いた。が。


「こりゃ……ひどいな……」


 浙冶は絶句した。村は全滅していた。すでに人どころか生き物さえおらず、荒れ放題になっている。


「この村は流行病で潰れたらしいわ。八年ほど前に」

 無人の村になっていることは延令の城市を発つ前に別の旅商人から聞いて知っていた。が、想像していたよりもひどい。


「夜露がしのげる家くらいあると思ったけどな。これは諦めた方がよさそうだな」

 建物はすべて風化してしまって、屋根のあるものはひとつもない。

「どんな病なんだ? こんな、村が全滅するなんて」

「昔からのこの地方特有の珍しい病なの。昌令ではあまり聞かないかもしれないわね」

「そんなに昔っからの病なら、薬くらいあるだろ?」

「特効薬なんてないわ」

 璃鈴の言い方はひどくそっけない感じがする。が、浙冶は気にしないことにした。


「で、どうするの? ここで野宿するのは構わないけど」

「いや、場所を変える。さすがに気分良くないだろ?」

 そうね、と璃鈴は言い、馬車のほうへと戻っていく。周りを偵察しに行った仲間がそろそろ戻ってくるころだった。


 延令の中心城市に着いたあの日以降、璃鈴の物言いは歯切れが悪いような気がした。しかし、それよりも気になったのは、樊季の態度があれ以降も全然変わらないことだった。


 浙冶としては、他人からどう思われようとまったく構わない。が、ここまで樊季の態度が変わらないとなると、記憶喪失にでもなったんじゃないかと心配になる。

 だから直接、樊季に問い質したのであるが。


「良く考えたら、あんたって元々最低な人間だったわ。評価が元々底辺なのに、これ以上、落ちようがないでしょ?」

と、平然と返された。してやられた感はあったが、そういうものかと納得はした。


 背が高く陽気な男がこっちにやって来た。高殊だ。もう何日も一緒に旅をしているのに、浙冶はほとんど会話をしたことがない。

 そこで、ふと、璃鈴の言葉を思い出す。そういえば、と声をかけてみた。


「高殊、あんたさ、延令の出身だよな。延の城市の近くの村って聞いたけど」

「あー、姐さ……璃鈴さんから聞いたんですか?」

そーですよ、と明るくて軽い返事がした。吹けば飛びそうなくらい軽い。

「延の城市にさ、廟があったんだが、あんたは知らないか? 城門から西の方角にずーっと進んだ突き当りにあるんだけど」

「ありますね。鳳亟ほうじょう様の廟が」

「鳳亟?」

「鳳亟様ってのは延令府の英雄で。昔、あの辺りが蛮族に襲われたんですけど、中央からの援助がぜんっぜんまったく、期待してもムリ! ……ってときに、たった十一人の部下を率いて果敢に挑んでったっつー将軍様なんです! しかも、五千いた敵に勝ったってぇゆーから、伝説的にマジでスゴい武将です!」

「そうか。すごいのは分かった。で、なんであんなに廟が放置されてるんだ?」


 興奮してまるで自分のことのように鼻高々に語っていた高殊は、聞かれた途端、急に歯切れが悪くなった。

「それが……数年前に、延令府の役人さんたちが地方史の編纂をしてたんですけどね。ちょいと問題が発覚したんですよねぇ」

「問題?」

「五千の敵に十二人で挑んで勝つ! なんてこと、普通に考えてないですよね? おれは、おとぎ話ってゆーか、『実はもっと多くの味方と一緒に戦いました』的な脚色された話ってオチのほうがまだ良かったんですけど。どうやら鳳亟様は自分と部下たちに薬を使って敵につっこんだーってぇオチだったらしく……その……」


 そこから先は聞かなくても分かった。つまり、興奮作用か幻覚作用のある薬を使って恐怖心をなくし、高揚感を利用して敵に突っ込んでいったということだったのだろう。おそらくそれが、鳳亟を英雄として祀ることへの問題提起となり、結果、廟は廃れていったということだ。


「はじめは地方史に載せるためだけの情報ですから、廟のことまでは言われなかったんですけど。知府が『祀るのはよろしくない』って判断したのが効いたんですね。毎日、あんなに人が来てたのに、だーれも来なくなったんですよ」

「知府って、瑯知府か?」

「そうです。人望が厚いから、延令に住んでる奴はだいたい、瑯知府の言うことなら聞きますね」


 浙冶はそれを聞いて引っ掛かりを覚えた。

「あんたは他人事みたいだな。『だいたい』の中に含まれてないのか?」

 高殊がにやりと笑う。

「まあ、オレは、完璧なやつがいけ好かないだけです」


 そうか、と浙冶は適当に返した。

「でも、取り壊しにはならなかったんだな、廟は」

「そりゃあ、ならないでしょうね。瑯知府が壊すように指示を出したんですけど、城市の人たちが瑯知府のために嘆願して」

「どうゆう意味だ?」

「瑯知府の名は『慶鳳けいほう』っていうんです。名前の『鳳』の字が一緒。だから、取り壊すのは縁起が悪いって」


 知府としてここまで慕われているとため息しか出てこない。

「はぁ……そこまで慕われてる知府なら、民たちも幸せだろうな」

 まあ多分、そうですねーっと、高殊も適当な相槌を打った。


 延令の城市を出る少し前に瑯知府の使いが来た。浙冶が世話を頼んだ子供とその保護者も一緒だった。手当をされてすっかり良くなったことのお礼だった。

 自分は何もしていないと浙冶は首を横に振ったが、「良い品があれば官署へ」との瑯知府の言葉はただの挨拶ではなかったらしく、使いの者に旅程を聞かれ、「是非に」との念を押された。聞けば、瑯知府は商業をもっと盛んにしたいので他府の商人の話を聞きたいのだと言う。子供とその保護者も他の地方から来た焼き物作りの一団で、良い土を求めて旅をしながら焼き物を作り、売っているのだという。


 民と城市思いな知府だなと思い返して感心していると、高殊が何気なく訊いてきた。

「そういえば浙冶さん、璃鈴さんにはこのこと訊かなかったんですね」

 このこと、が鳳亟の廟だと思い出すのに一瞬かかった。

「ああ、璃鈴に訊いたら、あんたが知ってるかもしれないって言ってたからな」

 すると、怪訝な顔で高殊が意外なことを言う。


「でも、この話、延令の城市や村では有名なんですよ。璃鈴さんも知ってるはずです。だって、おれたち同郷だから」

「えっ?」

 浙冶は驚いて高殊を見た。高殊も浙冶の反応を見て何かに気づいた。

「あー……すまないです。浙冶さんには言ってなかったみたいですね」

「そのようだな」


 あの高殊が急に真面目な表情になったところをみると、多分、樊季は知っていて、浙冶だけが知らないのだろう。そして、璃鈴が「高殊は延令の出身だ」とわざわざ浙冶に告げたということは。


「おれが代わりに謝ります。だから、璃鈴さんを許してやってください」

「いいよ。あんたに謝ってもらうことじゃない。璃鈴が俺を嫌ってることは最初から知ってる」


 今回の護衛を頼みに訪れたとき、初めて璃鈴に会った。が、こちらに対して終始にこやかに対応してくれてはいたものの、なんとなく感触が良くなかった。行きがかり上、少しだけだが自分の素性を話してからだったと思う。


 高殊の出身の話をすれば、璃鈴の出身の話題にもすぐ繋がる。計算などしなくてもそれは明らかだ。璃鈴は自分に関する個人的な情報は浙冶とは話したくない、仲良くなりたくないと言外に告げているようなものだった。高殊が心底すまなそうに言葉を吐く。


「璃鈴さんはべつに浙冶さんを嫌ってるわけじゃないですよ。雑談はしてくるでしょ? ただ、ちょっと姐さんには複雑な事情があって、私情が入ることがよくあるんです。でも、そいつは浙冶さんには関係ないですから。蔡鏢頭も、そういうとこが姐さんの未熟なとこだって言ってました」


 もしかすると、璃鈴が独立したときに高殊がついて来たのは、璃鈴のそういった欠点を補い庇ってやるつもりだったのではないかと浙冶は思い至った。が、それは関係のないことだから、口にはしない。なんて言おうかと迷っていると。


「ねえ、もう行くわよー! 浙冶、何してるの?」

 樊季のいつも通りの明るい声が聞こえてきた。浙冶は「今行く!」とだけ返して、もう一度高殊のほうを向いて言った。

「あんたには礼を言うよ。それと、今俺と話したことは忘れてくれ」


 何か言おうとした高殊を残し、浙冶は走っていった。

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