第16話
「ありがとうねぇ。年のせいか最近、足が悪くてねぇ」
「いいんですよ、これくらい。ほら、浙冶、ちゃんと運んで」
今朝は城市で必要なものを買ってから出発しようということになっていた。
そして結局、昨夜の言い合いは何だったのかと訝しむほど、樊季の浙冶に対する態度はまったく変わっていなかった。寝て起きたら忘れたんじゃないか、くらいの変わらなさである。おかげで今、樊季に付き合わされている。
「どの辺りがお婆さんの場所ですか?」
買い物が終わりみんなのところへ戻る途中、樊季が大通りで老婆を助けた。老婆は野菜を露店で売るために荷車をひいてきたところだったという。が、途中で車輪が外れ、立ち往生していた。動かない荷車の前で途方に暮れている老婆に声をかけたのが樊季だった。
それはいい。それはいいことしたと褒めるべきである。が。
力仕事ということで一緒にいた浙冶が、外れた車輪をきちんと取り付け、露店まで荷車をひく羽目になった。樊季は老婆を支えるようにして一緒に歩いている。なんか納得がいかない。
目的の場所に着き、ついでに野菜を並べることまでやらされたが、さすがにこれは樊季も手伝った。
再び「ありがとうねぇ」と老婆はふたりに礼を言い、樊季に向かってさらに言った。
「お嬢さん、ついでに占って差し上げようか?」
「お婆さん、占いができるんですか?」
樊季が興味深そうに訊いた。老婆はにこやかに、うんうんと頷きながら答えた。
「占いもしているよ。というより、元々占い師なんだよ。最近はお客さんがめっきり減ったから野菜を売って生活しているけどねぇ」
すかさず、無礼千万な浙冶が止めに入る。
「やめとけよ、金のムダ。そんなの当たるわけないだろ」
「さっきのお礼にタダで占ってあげるよ」
「私、占いは好きよ」
樊季はにっこり笑って、老婆に指し示された椅子替わりの木の箱に座った。
「これでも腕はいいと自負しておるよ。こう見えても昔は、知府さまのお屋敷にも呼ばれたことがあるんでねぇ」
そう言って、老婆は懐から三枚の銅銭を出した。そして、それらを卓替わりの木の大箱に放った。銅銭がそれぞれ表面・裏面のいずれの面を現しているかを見ているようだ。その動作を六回続けたあと、少し考えて口を開いた。
「お嬢さんは……相思相愛の相手と一緒になるねぇ。苦難の道が続くけど、最終的にはその相手と幸せな人生を歩むことになるよ」
「えっ? あ……」
樊季としては複雑だ。一緒になるすでに相手は決まっている。だから、『相手と幸せな人生』はいいのだが、その前の『苦難の道』が漏れなくついてくることに不安を覚える。
相手は大貴族なのだから多少の苦労は覚悟している。が、嬰舜との生活はそんなに辛いものになるのだろうか。
「そうか。ばあさん、じゃあこれ、代金な。ほら、樊季。行くぞ」
樊季が顔を曇らせてたまま黙りこくっていると、いきなり浙冶が声をあげ、その場から立ち去ってしまった。樊季は我に返って慌てて老婆に礼を言い、浙冶を追いかけた。
「あんたにしては珍しいわね。ちゃんとお金を払うなんて」
タダで占うと言ったのだから、払わなくてもいいはずだった。それなのに、節約一辺倒の浙冶が自分の財布から金を出すとは。大雨でも振るんじゃないかと樊季はいぶかしんだ。
「お前だって払うつもりだったろ」
老婆の着ている服はボロボロだった。お礼とはいえ、生業としているものをタダで受け取るのは心苦しい。
そうね、と言いながらも、樊季の歩みが段々と遅くなってきた。思案気に下を向き、ついには歩みを止めてしまう。
「私、嬰舜さまのお側にいても、お役に立てないんじゃないかしら……」
落ち込んだ樊季に、浙冶は振り向かずに声をかける。
「気にすんな。占い師だってただの人間だ。ただの人間が、他人の人生をすべて見透すなんてこと、できるはずないだろ」
「でも、知府さまにも呼ばれたことがあるほどの腕前だって」
「当たる占いなら、なおのこと、回避できるように忠告してくれたってことだろ。避ける努力をすりゃいいだけの話だろ」
「そうなんだけど、お婆さんの言い方って……もしかして、私の相手は嬰舜さまではないのかしら……」
樊季はどんどん落ち込んでいく。浙冶はそれには構わず、「心配すんな」と言ったあと、余計な言葉をつけ足した。
「お前が役に立たないことを承知で一緒になる奴は、尹家のお坊ちゃん以外いないからな」
その瞬間、頼りない拳が背後から飛んできた。が、浙冶はいつものごとくかわし、鼻で笑った。
そして大通りの真ん中で、いつもの口喧嘩が始まった。
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