第11話

 さらに一時。


 浙冶は城市の薬屋をさらに探し出して同じように訊きこみをした。が、やはり追い出されたりしらばっくれられたりで、何も聞き出せなかった。途中から、医者にも同じことを訊きこみしようと思いついたが、結局、こちらも成果はなく日は暮れていった。


「何も情報はなしかぁ」

 落胆の色を浮かべて踵を返す。そろそろ城門近くで璃鈴が待ってくれているはずだった。もうこれ以上成果は望めないだろうし、あまり待たせるのも悪い。

「仕方ない。諦めるか」


 すでに日が沈みかけていた。大通りに並んでいたたくさんの露店は、それぞれが片付けを始めている。代わって飯店に客が集まり出し、昼間の賑やかさとはひと味違う、夜独特の開放的な騒がしさが辺りを支配し始めた。

「少し遅くなったな。近道するか」


 城門から結構離れた場所まで来てしまったらしい。城市内を走り回ったおかげで頭の中におおよその地図ができ上がっている。浙冶は歩みを速め、大通りから外れた小路に入った。そのまま歩き続ける。と、急に視界が開け、落陽の光が射してきた。

 廟だった。広めの敷地に建っている。だが、もう日没だからか人気がまったくない。


 ここを横切れば城門の近くに出られるはずだった。が、浙冶はなんとなく気になって近づいてみた。建物は荒れ放題でところどころ壊れ、ずいぶんと色褪せている。扁額も汚れていて文字が読めないので、なんという名前なのかは分からない。

「人っ子ひとりいないなんて、寂しい廟だな。手入れも全然されてないし」


 敷地も草が伸び放題だった。さらに建物の中にも足を入れる。室内は暗くて見えづらいが、供え道具といったものが床に散らばったり壊れたりしているのが分かった。しかし、本尊はかなり汚れてはいるものの盗まれたりすることなく安置されている。あと気になるのは埃っぽいことぐらいだ。


(神さま仏さま、か。本当にいるなら、俺はこんなところにはいないだろうな)


 浙冶は神仏の加護というものを信じていない。玄亥や長葉明の仕事仲間が商売繁盛を祈願して城市外の廟に参拝によく行っているのは知っている。が、浙冶自身は一度も行ったことがなかった。

 浙冶は本尊を一瞥し、廟を出た。

「ここにはもう来ることもないだろうしな」


 陽がほとんど落ちて暗くなってきた。近道をしようとして寄り道をしてしまった。さすがに焦る。浙冶は走って城門へ向かった。


***


 同じころ。閉門ぎりぎりに入ってくる人影があった。その人影は、そのまま迷いのない足取りで大通りを歩いていく。


 途中で見知っている顔を見つけた。思わず、小路に隠れる。そうしてやり過ごすと、いなくなったのを見計らって裏道へ急いだ。

 先ほどの知り合いがやって来た方角に向かって歩いていくと、廃墟と化した建物が見えてくる。そのまままっすぐにその建物を目指した。


「お待たせ」


 薄暗い廟の中に足を踏み入れるとすでに先客がいた。が、待っている相手の表情は分からない。感情が読み取れないのは夕闇のせいばかりではないようだ。


「こんな埃っぽいところに待たせて本当に悪かったけど。こっちも急いで来たんだよ。じゃあ、これが約束のもの」


 相手は何も喋らない。差し出された封書を黙って受け取り、そのまま懐に入れた。


「続けろ」


 相手はひと言だけ短く放つと、廟を出てあっという間に闇に消えて行った。東宜はほっと息を吐き、緊張を解いた。

「相変わらず人使い荒いなぁ」


 やがて東宜も廟を出て、暗闇へ姿を消した。

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