第2話

「待ちやがれ!」


 声の主とおぼしき小柄な少年が全速力で何かを追いかけている。その前方にはひとりの男が全力疾走していた。

 ここは襄国じょうこく中心城市ちゅうしんまちのひとつ、しょう。商売が非常に盛んで、国に数多存在する城市の中でも五指に入るほどの繁栄ぶりを示す。


 少年の追いかけっこは、この城市の中心軸を突っ切っている大通りで行われていた。役所のある中央部へ続くこの大通りは両脇に、食べ物、金物、小間物、薬屋といった様々な露店や店舗が所狭しと並んでいてとても賑やかだ。そして、広い。まともに正門から役所まで歩くとしたら二時ふたとき経ってもたどり着かない。


 人を掻き分けながらも、少年は徐々に相手との距離を詰めていく。やがて男に追いつくと、ためらいもなく飛びかかった。力いっぱい地面に押し倒す。そして、男が懐に隠し持っていた金細工の腕輪を奪い返し、高らかに声を上げた。


「うちの品物を盗むとは、お前、いい度胸してるよな! よっぽど命が惜しくないとみえる!」


 盛大な大捕物のおかげで周りに人だかりができていた。そのまましばらくすると、騒ぎを聞きつけた衛兵ふたりがようやく駆けつけてくる。が、少年は途端に不機嫌そうに言葉を吐いた。


「これはどうも、お役人さま。こいつはうちの店、『長葉明ちょうようめい』の品物をくすねようとした盗人です。こういう輩はしょっちゅう、頻繁に、どこの店にも現れるんですよねぇ。見回りしてるんだったらこういうのは見つけ次第、しょっぴいてくださいよ。まあ、お役人さま方が見つけられないんじゃあ、仕方がないですけどね」

「我々が務めを怠けているというのか?」

「さあ?」


 少年の態度は不遜なことこの上ない。着ている衣服は綿の長袍と褲子ズボン。髪を束ね、一目で平民だと分かる恰好をしている。対して目の前の役人は、衣服は似たようなものだが、支給された革鎧と長槍を手にしている。官品のない下っ端役人とはいえ、立場的には少年よりも上だ。難癖をつけて少年をしょっぴくこともできなくはない。

 しかし、大路で事を荒立てないほうが賢明とみたのか、意外にも衛兵たちは怒りを抑えた。


「貴様、名は?」

葉家ようけ浙冶せつやと申します。以後、お見知り置き……は、むしろしていただかなくて結構です。一介の見習い商人のことなんぞ、とっとと忘れな!」


 最後の言葉はほぼ暴言。捕まえた盗人も乱暴に引き渡した。

 衛兵たちは憎悪に似た感情で浙冶を睨み付けたが、当の本人はまったく意に介さない。去っていく役人と盗人を、侮蔑をこめた眼で見やると、ふんっと鼻を鳴らした。


「……ってと、仕事に戻るかぁ」


 人垣はすでになくなっていた。浙冶は踵を返し、人混みを再び掻き分けて、来た道を引き返した。

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