第27話 理不尽

頭上に影が差す。

見上げれば、生物系の頂点ともいえるモンスターの姿。


レッドドラゴン。

それは、かつて世界を征服した星竜族の末裔とも言われている。



(ガッハッハッハ! やっと存分に戦えるぞ!)


「いや、まほうは禁止だからね。あくまでリリアのサポートね」


(ええ、そんなぁ!?)


そんな誇り高い彼が、幼い人間の子供に従っている。


ありえない光景だった。

アイコは、モンスターテイマーとして、それなりの実力があると自負している。冒険者のランクでいえばAランクはあるだろう。そんな自分でもドラゴンをテイムするのは、夢のまた夢だ。ドラゴンは魔法への理解が深く、知能がとても高い。そういったモンスターは総じて、人間がテイムするのは非常に困難だとされている。


―――なのに、ただの人間の・・・・・・しかも1,2歳の子供が成し遂げたとでもいうのか!?


「そ、それが君の切り札ってことかい。どうりで強気なわけだ」


(切り札? 違うな。いっただろう。これは始まりに過ぎないと・・・・・・)


「くっ!?」


頭に直接響く子供の声。

ルークが口を開いた様子はない。

こんな幼い子供が、テレパシーまで使いこなしている。


相手をなめていたと、アイコは全力で後悔する。

警戒を最大まで上げる。そのくらい、ルークという子供は不気味だった。


ルークが、リリアとドラゴンに向かって指示を飛ばす。


(お前らはクラーケンの相手をしろ。ピーちゃんは、リリアのサポート。リリアには俺の魔力を渡す。自由に戦ってみろ)


「わかった」


(がははは、任せろ。初めての共同作業ってやつだな!)


こちらが動揺しているというのに、10以上も歳の離れた子供が落ち着いて会話を交わす。完全に舐められている。気に食わない。


「なに勝手に言ってんのよ! 私が君たちの思い通りさせる筈がないでしょ!」


ドラゴンをテイムしているというなら、術者を殺せばいいだけの話だ。

相手は、所詮子供。魔法の攻撃を食らえばひとたまりもない。


「ファイアーボール!」


杖を構えて魔法により炎玉を発生させて、ルークへ撃ち込む。

同時に、クラーケンへ指示を飛ばして、触手でリリアとドラゴンを薙ぎ払うように命令を飛ばす。


「クラーケン、やれ!」


ドラゴンは無理でも、子供2人殺すには十分すぎる攻撃。

しかし・・・・・・


ぬらり。


まるで、そんな擬音が聞こえたかのように。

濃密な魔力があふれだした。


ただ魔力を放出させただけの、魔法とも呼べない無秩序な魔力の風が、クラーケンの触手を弾き返して本体ごと後方へと吹き飛ばした。


撃ち込んだ火球は、どこの家庭にも置いてあるような料理包丁によって、真っ二つに斬られ消失する。


アイコは、そんな離れ技を披露してみせた幼児を見つめて言った・・・・・・


「あ、あんた何者なのよ・・・・・・」


ルークが料理包丁を向けて答える。


(俺の名はルーク・ベルモント。偶然、没落貴族に生まれた、ベルモント家の愛すべき長男さ。悪いね可愛い弟子たちの修行だ。お前の足止めは俺がさせてもらうぞ)


ルークは子供らしからぬ怪しげな笑顔を浮かべてそう言った。



「はあ、はあ、はあ・・・・・・」


(どうした足元がお留守だぞ?)


立っているだけでやっとだというのに、幼児は隙をついて、見境なく足払いをかましてくる。


信じられないくらい短足の足に絡み取られて、アイコはバランスを崩して顔面から地面に叩き落される。


「ぎゃっ!」


とても少女とは思えない無様な声が出る。

鼻をぶつけたせいで、鼻の奥からツンとした痛みが伝わり、ぶつかった衝撃で脳が揺れて動くこともできない。

気が付けば、自慢の三角帽子はどこかに消えていて、ローブもボロボロだった。


一体、戦い始めてから何時間が過ぎたのだろう。

うつ伏せで倒れている体をゴロンと転がして、空を見上げれば大きな三日月が夜に浮いていた。


(そろそろ、負けを認める気になったか?)


気の抜けた幼児の声が脳内に響く。


数時間戦ったにもかかわらず、ルークの黒いマントに土埃一つすらついていない。


あまりにも理不尽だった。

仮にも、末端ではあるが魔女の弟子として育てられた自分が、人間の幼児相手にボコボコにされている。誰がこんな風になると想像できた?

1歳なんて、成長の遅い子ならまだ歩くことすらできない年齢なのに、この子供非常識すぎる。


「グルルルルルルルルアァァァァァ!」


「はっ!」


ドラゴンの咆哮と、幼女の気合の入った掛け声。

100メートル後方からは絶えず激しい破壊音が鳴り響いている。

そちらに目を向ければクラーケンとリリアの闘いがまだ続いていた。


ドラゴンがクラーケンの触手に噛みつき、その隙に幼女が年齢に不釣り合いな大きさの刀でクラーケンの本体に斬撃を与えていた。


ルークという子はイカれているが、あのリリアという子も大概だ。

レッドドラゴンのサポートと、大量の魔力を供給されているとはいえ、なぜ恐れもせずに、幼女がクラーケンに数時間も立ち向かうことができる!?

メンタルおかしいだろっ!


「ありえない・・・・・・」


どいつもコイツも、目に映る全ての光景が理不尽だった。

残った体力を振り絞り、杖で体を支えながら立ち上がる。


(おい、まだやるつもりか? 俺は別にアイコを殺すつもりはないんだぞ?)


ルークがそう言ってくる。

だが、その言葉は余計にアイコを苛立たせる。


「殺すつもりがないだぁ・・・・・・ふっざけんなっ! まるで私の命を自分のオモチャみたいに語りやがって! 私はそういう上から目線の奴が大嫌いなんです!」


ネイルニスもそうだ。

人の人生を勝手に奪っておいて、役に立たなければ殺すとか。

どうせ化け物たちは、自分より弱い奴がどうなろうと興味がないのだ。


コイツも同じ。

私の命がかかっているのを知らないとはいえ、約束をあっさり破った。

それは、根本から他者を見下していること他ならない。


「ムカつく、ムカつく、ちょームカつきます! これ以上お前らみたいな奴に、私の人生無茶苦茶にさてたまるかってんだ」


アイコが心から湧き上がってきた怒りをぶつけると、ルークは困ったような表情を浮かべる。


(俺はそんな気持ちで言ったつもりはないんだが・・・・・・)


その様子だけを見れば、本当にただの子供が困惑しているようにしか見えない。

だが、すでに十分にルークが化け物というのをアイコは嫌というほど理解してる。どうせ、その表情も油断をさそう偽りにすぎないだろう。


「いいです。言い訳なんて聞きたくありません。どうせ、ここで負けたら、私は殺される運命だから」


(殺されるだと? なぜ?)


アイコは今さら隠しても仕方がないかと質問に答える。


「私は魔女の命令でクラーケンを使役しようとしてました。失敗すれば魔女に殺されるといわれてね・・・・・・もし、いま命令に背けばどの道ころされる。だったら、最後まで抵抗してやるまでです」


(ふむ)


アイコがそういうと、ルークはなにやら考え込んで言った。


(ではなぜ、お前は魔女に無抵抗で従っている? 立ち向かえばよかったじゃないか?」


「はあ!? そんなの相手がお前みたいな化け物だからに決まってるでしょ!?」


(でも、逃げることは出来たんじゃないか? 今だって一人で行動しているわけだし)


「そんなのできたら最初からしてるわよ。これを見なさい」


そういってアイコはローブをめくり、お腹に刻印されている幾何学模様の魔法陣を見せる。


支配ドミネイトよ。これがある限り私に自由はない。死ぬまで消せない呪いの魔法よ」


通常、支配ドミネイトは人間に効力はない。

しかし、魔女の膨大な魔力と知識で、ネイルニスはそれを可能にした。

彼女が、何人もの弟子をとっているのもこの力があるからだ。


ルークは魔法陣をジロジロと眺めて「ふうん」とつぶやく。

そして、なにやら考えるように暫く黙った後、言った。


(事情は分かった。それと、アイコの言う通り、生まれた時から強かった俺には、弱者の気持ちというのが、あまり理解できないんだ。生きながら自由を奪われて、憎い相手に従い続ける人生が、果たして生きていると言えるのか?)


「・・・・・・何も知らないくせに、分かったような口きかないで!」


(そうだ、俺にはなにも分からない。だから自分の感じるままに自由勝手気ままに生きている。そんな俺から見て、アイコの生き方は見ているだけで気が滅入る。だからさ・・・・・・)


突如として大地が震える。

夜の闇が降ってきたかのように、暗く重たい空気が立ち込める。

さきほどまでの戦いは児戯だったとでも言うのか。

ルークの身体から、魔女すらも大きく上回る魔力が吹き上がる。

目視できるまで圧縮された濃密な魔力。


そんな、化け物がアイコの手を掴み、言った。


(前言撤回、俺はやっぱり君を殺すことにした)






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