第26話 魔女の弟子

アイコには誰にも言えない秘密があった。

それは、自分が魔女の弟子であること。


この世界には、個人で国を脅かすほどの逸脱者がいる。

魔女もそのうちのひとつだ。


魔女と一括りひとくくりにしても性格はそれぞれで一概に全員が危険な人物とはいえないが、アイコの師匠である魔女ネイルニスは非常に残忍で残酷な人間だった。


魔術の才能がある子供を見つければ攫って自分の研究室に連れていく。そうやって強制的に弟子を増やして、自分の研究の手伝いをさせる。アイコもその内の一人だ。


理不尽だと思った。

人の生活を身勝手に奪っておいて、自分のために働けと言うのはこれ如何いかに? されど、反抗すれば用済みとして消されてしまうのだから、たまったもんじゃない。


アイコは心の中で、ぶーぶー文句を垂れながらも魔女の研究に参加した。幸いにも、ネイルニスの主な研究内容は、魔法生物についてだった。


アイコは元々モンスターが好きだ。

モンスターの話題でパン3三斤は余裕でいける。

それくらい、超愛してる。だって可愛いから。

スライムのぷにぷにしたボディーも、ゴブリンのつぶらな瞳も、愛嬌があってとても素晴らしいと感じとれる感性を持ち合わせている。


だから、モンスターの研究と知って、辛い生活の中にアイコは僅かな希望を見出した。


ちなみに、魔法生物とは魔女が人口的に生み出したモンスターのことで、実はS級モンスターと知られているクラーケンも、ネイルニスが海にいるタコという生物の細胞と特性を参考にして、陸上で活動できるように魔改造されて誕生したものである。


しかし、クラーケンは失敗作であった。

体表を覆う粘液に魔法耐性の効力が発現したせいで、使役魔術の『支配ドミネイト』が効かないと判明。


これは困った。

試行錯誤を加えて、数体作り直してみたが、どれも結果は同じだった。

折角完成したのに、全部捨てるのはもったいないとネイルニスは考え―――そこでアイコに白羽の矢が立った。


「5年以内にクラーケンを使役しろ。失敗したらぶっ殺す」


と命令されたアイコは結果、ドムトム領の山岳地帯に放置されたクラーケンと日々悪戦苦闘しながら、使役する方法を研究する生活を送ることになってしまった。


そして!

つい先日、やっとその兆しが見えてきたのだ!


なのに・・・・・・

それなのに・・・・・・


アイコは、キッと目の前にいる子供二人を睨めつける。


「君たちのせいで! 私の研究はご破算だよ! どうして秘密って約束したのに、ギルドにバラしたりするの!」


ルークと、リリアが気まずそうに身じろぎをする。


「お、おれたちはぼうけんしゃギルドに報告なんてしてない」


「うそつき! じゃあなんで、陽炎の二人がいるのさ!」


そういって、アイコは気絶して倒れているレインとリンネを指さす。


「この人達って、ドムトム領の冒険者のエースだよ!? そんなの倒しちゃったら、大騒ぎになって、もっと凄い冒険者が来ちゃうじゃん! ねえ!? ねえ!? どうしてくれるのよぉー。あと数か月もあれば使役する方法が見つかりそうだったのに・・・・・・」


それは、あまりに巧妙な罠であった。

クラーケンを擁護するような発言に騙されて、つい同好の士として勘違いしてしまい、絶対秘密の場所をケロっと喋ってしまった。可愛らしい子供二人だった思ってたのに、蓋を開けてみたらとんだ悪党だ。


なんて姑息なっ・・・・・・と、アイコは地団太を踏む。

このままでは、自分がネイルイスに殺される。

だから、意地でも研究を完成させなければならない。そのためには、僅かな時間でも稼ぐために、目撃者は全員殺さなくては・・・・・・


「さきに、約束を破ったのはそっちだからね。あの世で私のこと恨まないでよ」


なにもかも奪われ続けてきた人生。

自分が死ぬくらいなら、相手を殺してやる。


幸いにもクラーケンを短時間のみ使役する、すべは既に見つけている。


支配ドミネイト


そうつぶやくと、クラーケンに刻印されていた幾何学模様の魔法陣が赤く光った。




さて、どうしたものか。

アイコは、どうやら俺達がクラーケンの件をギルドにバラしたと勘違いしてるようだ。


でもね、完全に濡れ衣だよ。

というか、俺達が喋ってないのに居場所まで把握されてんだから、遅かれ早かれ冒険者が討伐にきていたでしょ。


つまり、この流れで俺達がクラーケンを殺したとしても悪くないよね?

これは大義名分というやつだ。

モンスターを倒すのが冒険者の仕事で、俺達は立派な冒険者パーティーだ。

食べたいからではない。無垢な市民の安全のために戦うのである。


それに、向こうは俺達を殺すとまで宣言している。

実際に陽炎の二人はクラーケンにノックアウトされているし、このまま放置すれば確実に食い殺されるだろう。だったら、なにをしても構わない筈だ。



「ほんとうに戦うなら、ようしゃはしないけどいい? あとからほんとうは、戦いたくなかったとか言うのはなしだよ? しんだら流石におれもせきにんとれないからね?」


一応、今後のために保険を掛けておくのも忘れない。

あとから、ああだったとか、こうだったとか水掛け論になり、責任の所在をあやふやになって大問題に発展するのを、俺は母上と父上の痴話喧嘩から、すでに学びを得ている。


仕事の出来る幼児は、常にあらゆる事態を想定して動いてるのだ。

ちなみに、責任がどちらにあったかをあやふやにするのは、いつも父上の役目だ。毎日、こっそり父上の情けない姿を見ていた甲斐があった。


最終確認を終えて、アイコが杖を俺達に向けてくる。


「あのね、クラーケンはS級の化け物だよ? 君みたいな生意気な子供に負けるわけないから。自信があるのはいいことだけど、過ぎた過信は失敗を招くってパパとママに教わらなかった?」


「あいにく、わが家はきまった時間におひるねしただけで、えらいえらいと褒めてくれる、ちょーすばらしいかんきょーなのだ。だから普段のせいかつで、じここうてい感がさがることはないね」


「・・・・・・そう、それはとてもうらやましいわ」


「それに、クラーケンとたたかうのはおれじゃない」


そういうと、何も言ってないのにリリアが前へでた。

刀を握りしめてやる気十分だ。


「あっきれた! あんた、自分は好きなだけ言って、うしろでみているつもり!?」


「かんちがいするな。おれがあいてをするのは、おまえだ。クラーケンはリリアにしゅぎょうをつませる、いいれんしゅう相手になりそうだし」


「馬鹿じゃないの!? 練習って・・・・・・一撃で死ぬにきまってるでしょ! クラーケンこの子の強さを知らないから、そんなこと言えるのよ」


そういって、アイコが手をふると、クラーケンがあわせたように触手を振り回して周囲の木々を一撃でなぎ倒してみせる。


爆風とともに土煙があがり、衝撃で粉砕した木の破片がパラパラと降ってくる。


なるほど、良い攻撃だ。

さすがに、リリア一人ではどうあがいても勝ち目はないだろう。


けどな


「俺はだれもリリナひとりで戦わせるとはいってないぜ?」


人差し指と親指を咥える。

肺におくりこまれた空気に魔力を乗せて。

俺は吟遊詩人も聞き惚れる美しくも高らかな音色を奏でた。

青い大空に、口笛の音がどこまでも広がっていく。



すると・・・・・・


(ガーハッハッハ、ようやく我の出番か主ぃ!)


「なっ、なっ、なぁーーー!?」


異変に気がついて上空を見上げたアイコは、尻もちをつきながら悲鳴をあげる。

頭上に大きな影がさし俺達を包む。


現われ出でたるあらわれいでたるは、偉大なる巨大な翼を広げたレッドドラゴン。


情けなく地べたに座り込んだアイコに、俺は宣言する。


「さあ、幕開けといこうか」




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