第28話 魔力・解放!

この世の理から外れた膨大な魔力が、自分の腕を掴んだ幼児から溢れ出す。


この幼児は、魔女と同等の化け物だとさっき判断したが、とんでもない。この魔力は、おおよそ生命が扱って良いレベルの範疇を大きく超えていた。


可視化されるまで圧縮された魔力が、雷のようにバチバチでうなりをあげて、無秩序に周囲へ放射されていく。


「ひっひぃ。嫌だ離してっ!」


アイコは心の奥底から訴えかけてくる生命本能に従い、目の前に迫りくる死の恐怖から逃げ出そうと、必死にルークの手を振りほどこうとする。


されど、どれだけの力を振り絞ろうとも、その手を離すことができない。

到底その見た目からは想像できない、万力のような握力で、アイコの腕をがっしり逃がすまいと掴んでいる。


何度も相手を蹴って、杖で殴って、自爆覚悟で至近距離で魔法をぶち当てても、ルークがダメージを負った様子はなく、冷酷な目でアイコを見下ろしてくる。


動揺していたのはアイコだけではなかった。


異常事態に、ドラゴンもリリアも戦闘を中止してルークに目を向ける。


(主ぃ! そんな魔力を使ったら、クラーケンだけじゃなくてこの周囲一帯が吹っ飛ぶぞ!)


ドラゴンのテレパシーを使った叫びに、ルークが答える。


(時間切れだ。これ以上戦ってもクラーケンは倒せない。この一撃で決める)


ルークがそう宣言する。

それほどの魔力で一体なにをするつもりなのか?

アイコは恐怖と焦燥で、まともに思考することすらできない。


すると、ルークの言葉が不満だったのか、リリアが掠れた声で叫ぶ。


「クー! 私はまだ戦える! だから邪魔しないでっ!」


(いいや、今のリリアではまだクラーケンには勝てない。諦めろ)


「・・・・・・嫌だ」


(・・・・・・リリアは確実に強くなっている。この経験はつぎにいかせばいい。いま勝てなくても、近い将来必ずかてるようになる。だから、今回は諦めるんだ)


返事はない。

だが、リリアは悔しそうな表情をして、一歩さがり、刀を鞘に納めた。


その間にもルークから溢れ出す魔力の勢いは衰えない。

地響きは苛烈さを増し、アイコに忍び寄る死の気配が、確実に近づいてくる。


「き、君はそんな魔力で何をするつもりなんだ! お願いだから手を放してよ! 私はまだ死にたくないっ」


(言っただろう。俺は不自由なお前を見ているだけで胸糞が悪くなるんだ。それと、この魔力で別になにをつもりもないさ。中途半端なお前程度に、俺の技を披露するまでもないからな)


「じゃあっ、なんで魔力を・・・・・・って、まさか君!?」


ハッと、なにかに気が付いたように、アイコが目を限界まで見開き、小さな悲鳴をあげる。


うそでしょ。

完全に頭がいかれてる。

そんな馬鹿な・・・・・・・


魔法にも転用しないで、魔力を無秩序に解き放つ。

そんなことをすれば、不安定な魔力は暴れ、最終的に行くつく先は・・・・・・



―――魔力暴走


アイコがその事実を知ったことに気が付いたのか、ルークがニヤっと笑う。


(ずっと何かに縛られて生きてきたアイコには、お似合いの最後だろ?)


「最悪だよっそんな終わり方! 私はずっと我慢して生きてきたんだ! 魔力暴走に巻き込まれて死ぬなんて・・・・・・そんな、そんなぁー」


アイコの阿鼻叫喚の叫びが響く。

しかし、ルークはそれを無視して、レッドドラゴンに告げる。


(ピーちゃんは、俺の魔力暴走から、リリアと気絶してる陽炎の二人を守れ)


(ええ!? 無理だ、我にそんな力はまだない!)


(できるさ。仮にも俺の奥義を受けて生き残ってみせたんだからな。その試練をもって、今回の修行の締めとしよう)


(うおおぉぉぉぉ、我が主、弟子にきびしすぎない!?)


ルークが有無を言わさないで口調で言い切ると、レッドドラゴンが周囲の人を守る用に翼を広げて盾となる。


それを見届けたルークは、最後にアイコに目を向ける。

もう、魔力は限界まで膨らみ、いつ暴発してもおかしくなかった。


視界が黒く染まる。

それは、魔力暴走のはじまり。

限界まで凝縮された漆黒の魔力が爆ぜた。


アイコの身体が砂のように、指先からサラサラと崩れ落ちていく。


―――ああ、私こんなところで死ぬんだ


逃げることすらできない。

魔法どころか制御すらされていない、自由気ままに暴れる巨大な魔力。

何者にも縛られない無法の力。

ずっと自分の人生を縛りつけてきた奴らと同じ理不尽な暴力。


アイコは死を覚悟して最後につぶやく。


「もっといろんなモンスターと自由に触れ合いたかったな・・・・・・」


その言葉は、爆発に飲み込まれてかき消された。




真っ暗。

何も見えない感じない。

あ、いや嘘。

なにかがコツコツと私の後頭部を小突いてる。


がばっと、アイコは上半身を起き上がらせて、地面に埋まっていた顔をあげる。


そこには・・・・・・


「あ、やっとおきた」


ニカッとさわやかに笑う幼児の姿。


「え、あ、あれ!? なんで!?」


自分はたしかに死んだ筈では?

体が消滅するのだって確認した。

なのになんで!?


アイコは慌てて自分の身体を確認する。

どこも失っていない。それどころか、負っていた筈の怪我ひとつすらない。


「ふぇぇぇ!?」


い、意味がわらない!

もしかして、ここは死後の世界で私は夢をみてるだけ?

そう思ったアイコは試しに自分のほっぺを引っ張ってみると、ジンジンとした痛みがほっぺに伝わってくる。


動揺してじたばたと慌てるアイコに、ルークが優しく声をかける。


「アイコはまちがいなく死んださ。おなかを見て見ろ」


「えっ」


言われるがままに、アイコはローブをまくり、自分のお腹を確かめる。


「うそ・・・・・・ないっ、どこにもないよっ!」


そこにあった筈の、支配ドミネイトの魔法陣が消えていた。


「ど、ど、どうして!?」


(言っただろ。お前を一度殺すって。魔力暴走でアイコの身体を破壊しながら、同時に回復魔法をかけてみたんだ)


得意げにルークは続ける。


(支配ドミネイトは死ぬまで消えないってアイコが言ってたから、試しに半殺し状態で魔法陣に無限の魔力をあてて効力ごと吹き飛ばせないやってみたけど、上手くいったようだな)


到底信じられる話ではない。

しかし、現実としてアイコのお腹には既に魔法陣がきれいさっぱり消えている。


ずっと長い間、自分を縛り続けてきた忌々しい呪縛。

生涯、自由なんて訪れないと諦めていた。

理不尽な力に押さえつけられて、奪われて、最後には殺される・・・・・・そんな惨めな人生を送るんだと想像していた。


それが・・・・・・

そのはずだったのに・・・・・・


―――もう自由に生きてもいいんだよね?


ぶわっとアイコの瞳から大粒の涙があふれ出す。

みっともなく人前で感情が抑えられなくなってしまう。


ずっと諦めていた、やりたいことが沢山でてくる。

魔女の命令ではなく、自分の好きなモンスターと自由に触れ合ってみたい。

友達をつくって、色々おしゃべりとかしてみたい。

好きな人をつくってデートとかしたい。


それ他にも、もっと、もっとやりたいことが山のようにある。


絶対に手の届かないと思っていた自由が、いま手を伸ばせば、誰にも邪魔されないで掴みとれる距離にある。



「うっうっぐすん」


(泣くなよ、鼻水と涙ですごいことになってるぞ)


「だってぇ~、自由になれるなんて思ってなかったんだもん。というか、無茶苦茶よぉ。これ失敗してたら私死んでたじゃん・・・・・・」


(俺を誰だと思っている? 世界最強のスーパー幼児だぜ? そんな簡単なミスをするわけないだろ)


そういって、ルークは子供らしくニヤニヤ笑う。


見上げれば、夜空には美しい三日月が煌めいている。

月光の光が降り注ぎ、やんちゃに笑うルークと、泣きじゃくるアイコを明るく照らす。


すると、ふいに流れ星が夜空に流れる。

一体誰の願いを叶えるために現れたのか。

きっと、この広い夜空の下には、星に願いをこめて、夢を叶えようと祈る人達が、まだまだ大勢いるだろう。


しかし、もうアイコが星に願う必要はない。

だって、欲しい物は既に手に入れたから。



ルークがアイコに手を伸ばす。

その拍子に、マント代わりに着ていた漆黒のタオルケットがパサっと広がる。戦いの最中はホコリ一つなかったタオルケットだが、魔力暴走のせいで泥だらけになっていた。


伸ばされた小さすぎる手をアイコが掴む。

すると、ルークは言った。


(奴隷となって不自由に生きていたアイコは死んだ。どうだ? 一度死んでみた気持ちは? これでもまだ無抵抗に生きて元の生活に戻りたいか?)


分かりきった質問を聞いてくる。


「そんなわけないでしょう」


ルークの手に引っ張られ立ち上がったアイコは、そう答えた。



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