第7話 私のスマホ

 冒険者ギルドのカウンターにあったのは、私が前世で使っていたスマホだった。手帳型ケースに入っていたスマホ。

 思わず手に取って手帳の部分を開いた。表示されたのは前世と全く同じパスワード入力画面。

 ここも同じ……。

 それからは手癖と言っていいほどの自然体で指が暗証番号を入れた。すると画面が消えてバッテーリーがなくなったように真っ黒な画面になった。


「あの」


 急に話しかけられて、あわててスマホを投げ捨てた。

 そこには2人の男が立っていた。中年の男と若い男。声を掛けてきたのは中年の方だった。

「あなたが冒険者ギルドでトップを走っているアンヌ・ャ・ベネットさんですか? 私は国の組織のもので、B・B・トレントと申します。こちらが助手のデリック・M・クーリエです」


 国の組織と聞いて、会釈をした。


「噂はかねがね。すばらしい才能でらっしゃる。私たちがここへ来たのは、ベネットさんに直接討伐依頼をお願いしたいと思ったからです。お話を聞いていただけますか?」

「はい、私でよければ」


 国の依頼ならきっと良い報酬がもらえるに違いない。


*  *  *


 テーブルに付いてお茶をしながら話を聞くことになった。

 トレントさんは魔法の本を開いて、ホログラムの絵を見せながら説明を始めた。

「このドラゴンの討伐をお願いしたいのです。普段は東の端の荒野に生息しているのですが、今年の気候変化で獲物が減ったためか、近隣の村を頻繁に襲っています。これまでにも何度かギルドの方に討伐依頼を出したのですが、いずれも失敗に終わりました。ドラゴン襲撃の被害に合う村人たちの我慢も、もう限界です。どうかお力添えいただきたい」


 対ドラゴン!?

 オタクとしてはとても心が躍る強敵だ。しかし――


「そんなドラゴン退治なんて、私よりもっと得意な冒険者がいるものではないのですか?」

「いいえ。ベネットさんの、その強力な独自魔法の噂を聞いたもので。そんなすごい魔法ならをドラゴンもあっさりと倒すことができると私どもは考えております」

「ちょっと過大評価し過ぎですよ」

「いいえ、謙遜なさらず。ギルドでの評判も加味していろいろ考えた結果でございます。閉じ込めたものなら何でも倒してしまう必中必殺の最高の魔法なんでしょ」


 とんでもない評判が回っているものだ。


「そうです閉じ込められたらの話ですが」

「夜行性のドラゴンです。昼の寝ている時間帯にその魔法を使えば造作もないハズです」


 ドラゴン殺しの依頼。いつかは来るかと思っていた。異世界のボス的なモンスタードラゴン。とうとうその時がきたか。


「わかりました。ぜひ引き受けましょう」

「それと、今回の依頼ですが、私どもも一緒にお供をさせていただきたいのです。ドラゴンが死ぬところを確認するために」

「問題ありません。普段はパーティを組んで行動はしないのですが、たまにはこういうのもいいでしょう」


* * *


 飛空艇でほぼ半日。

 空の旅をしたのち、ドラゴンの住む荒野の近くの小さな村まで小型の飛空艇に乗り換えて移動。

 そこからは馬と徒歩で3時間。

 日が昇って降りてまた昇り、出発してから1日が経とうとしていたころ、だだっ広い荒野の果てでお目当てのドラゴンと遭遇した。

 崖の下の窪みになった場所で、事前に聞いていた通り夜行性のドラゴンが眠りについていた。

 ドラゴンは猫のように丸くなって、時々いびきを響かせていた。丸くなったといえど10メートルはあるかと言う巨体。

 しかしどう考えても無防備。確かに、これなら私でも倒せる予感がする。


 小声でトレントさんに確認をする。

「あんなにも爆睡しているのに、どうして倒せなかったのですか?」

 トレントさんも小声で説明を返した。

「ええ戦ってみればわかります。攻撃が通りませんから」

「そ、そんなに強いの」

「ええ目を覚ませば。目覚めないうちに退治してください」


 確かにこの爆睡チャンスを狙わない手はない。

 目を覚ましても、魔法壁の中、なんとでもできる。

 私が作る魔法壁の最大体積は正しく測定はしていないが、3階建ての家が入る程度まで広げることが可能。一度に焼けるパンの数を競う大会があれば圧倒的な差で優勝できる計算。(そんな大会があればの話だけれど)このドラゴンの大きさなら想定内。


「魔法壁展開!」

 瞬く間にドラゴンの周りを黒い魔法壁が覆った。

 うっすら見える中の様子からしてドラゴンはまだ寝てい……

 ドラゴンはすぐに異変に気付いて目を覚ました。


 起きた。


 ドラゴンはしっぽで魔法壁をたたき、さらには体当たりを始めた。


「中でドラゴンが暴れていますよ!大丈夫なんですか?」

 トレントさんは脅えた表情で声を上げていた。

「もうオーブンは起動しています!」

 魔法壁の小さな空気穴から煙があがっている。


 中の温度は500℃


 しかしドラゴンの厚い鱗は全く熱を通していないようだった。


「あのドラゴンには爆弾攻撃も通用しなかったんです」

 トレントさんはここへ来て重要な情報を提示する。

 それって熱攻撃がダメってことなんじゃない?

 なるほど、厚い鱗で覆われたドラゴンに対し、他の冒険者が外から攻撃しても全く歯が立たなかったというわけか。

「電子レンジに切り替えます」

 私は電子レンジを起動させその場に腰を下ろした。


「後は待つだけです」

「そうなんですか?」


 5分ほど経過しても壁の中でドスン、ドスン、と壁を叩く音が響いていた。


「本当に大丈夫なんですか?」

「体積が大きいだけあって時間はかかります」


 10分経過したあたりでやっと静かになった。

 しかし頻度が減っただけだった。


「まだ壁を叩いてますよ」


 15分が経過したあたりで今後こそ静かになり、本当に静寂が訪れた。


 バン!!!!!


 ドラゴンは中で破裂した。


 私は魔法壁に手を合わせた。壁の内側には破裂したドラゴンの肉片が全面にわたって飛び散って、そのグロテスクなマダラ模様は外からでも確認できた。


「やりましたねベネットさん、ドラゴン討伐成功ですよ! 早く魔法壁を解除しましょう」

「その……ごめんなさい。苦手なんですよ。ほら、今解除すると、血とかすごくて、とってもグロイので、黒焦げになるまで待ってください」


 目をつぶって手を合わせながら魔法をオーブンに切り替た。

 そして焼くこと30分。魔法壁の空気穴から黒い煙が立ち上っていた。


「お待たせしました。もうそこまでグロくはないと思います」


 魔法壁を解除すると黒墨になったドラゴンが、小さな山を作っていた。


 2人はドラゴンの黒墨を確認して、写真を撮っていた。

 そしてトレントさんは戻ってくると、こう言ったのだった。


「いや~実物を見て確信いたしました。やはりあなたは転生者だ」

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