第2話 人生をやり直す

 朝に鏡をみると、泣きすぎて目が腫れあがっていた。


 窓の外にではいつもと変わらず飛空艇が静かに飛んでいる。前世で見ることのない光景を目の当たりにして、改めてここが異世界だと実感した。


 私は転生したんだ。


 雛城ひなじょう恵莉未えりみは良い大学を出て、大手家電メーカーに就職。地味な研究職で、しかもオタクで、30代まで彼氏なし、でも34になって婚活してやっと彼氏と巡り合える。そんな彼氏と秋の紅葉の名所を見て、いい雰囲気のまま帰りのドライブデート。あとは彼からのプロポーズ待ち。そんな帰りの山中の細道を走る車は前方から来るトラックに吹き飛ばされてグルグルと横転、泥まじりの赤い葉っぱにまみれて命は果てた。


 そしてアンヌ・ャ・ベネットは、田舎町のベーカリーの娘として生を受ける。前世と違って魔法の教科がある義務教育を受けた。学校では地味な生徒で、成績はまあまあ。田舎なだけあって生徒が少なく、なぜか女子が多いクラス構成で、周りの友達に彼氏ができていく中、私は余りものになり彼氏はできなかった。そのまま16歳から家業のベーカリーの手伝いを始めた。ここなら看板娘として扱われて、ちょっぴり学校より待遇がいい。国道に面したお店の看板である大きなロールパンのモニュメントをピカピカにするのが一番の仕事。あとは店内でお客さんと世間話をすることが仕事だった。しかし突然、前世の記憶が蘇る。


 私はベネット家の子供である以前に転生者だった。


 ああ、なんてこと……もう、これからは、今までのようには生きられない。


 ここは転生者とわかれば殺される異世界なんだ。


 せっかく転生者として生き返ったのに、転生者とわかれば火炙りぶされてしまう。なんて理不尽な異世界。なんなの! それもこれも神話に登場する悪の転生者ミカサルのせいだ。どうせ転生したことに浮かれて調子に乗ってモンスターを無双しまくったんだろう。



「どう? 気分はもう治った?」

 寝起きでふらふら廊下を歩く私を、お母さんが呼びかけた。


 私が火炙りにされることがあれば、お母さんは悲しんじゃうに違いない。


「朝ごはんを食べて元気出して」


 テーブルの上には朝ごはんの焼き立てパンと野菜スープがある。私は椅子に座ったものの、お母さんとしゃべる言葉が見つからず、無言でスープをすすった。


「無理しないでね。お仕事は落ち着いてからでいいからね」


 うちは異世界のベーカリー。

 とにかくパンが美味しい。転生者と自覚したら今は、前世で食べたパンの味と、この異世界のパンの味とが脳内比較され、さらに美味しく感じてしまう。パンってこんな触感をさせるものだったけ? いつも以上に味わっていると、無意識にパンをおかわりし、お腹がきつくなるまで食べていた。


 デブった。


 転生者自覚ストレスによって、まんまと食べ過ぎしてしまった。

 だがなんと、ここは異世界、魔法のある世界。ダイエットのために激しい運動をする代わりにダイエット魔法がある。脂肪吸引魔法札と言う便利なものがあって、これを寝ている間に太ったお腹に貼っておけば、痛みもなく朝にはスリムなくびれボディーが現れる。


 ああ、魔法のある世界はすばらしい。食べていると気分がまぎれる。


 自分が転生者だと知った翌日、私は何もできずにただ食べて寝るだけだった。


*  *  *


「おう、もう働いて大丈夫なのか? だったら、見てほしいものがあるんだ――」


 転生者と知って3日目、私は家業のベーカリーの仕事に復帰できた。

考えるのをやめた。食べて入れば幸せだと気が付いた。食欲は偉大なり。転生者とか火炙りとか重たいことを考えずにいれば、今までとなにも変わらずに生きていける。


 そんな、この異世界の対処法がわかった私に、お父さんが厳しい現実を突きつけた。

「お見合いの相手だ」


 魔法の本を開くと、ホログラムのお見合い相手が、開いたページの上にフワッとお目見えした。デブハゲメガネの三拍子そろった不良物件。しかし、肩書は村が一つすっぽりと収まるほどの大規模農家の長男坊。小麦の生産は国で2番目と言う大農家の後継ぎ。大金持ち、大資産家である。お父さんはそのことを得意げに紹介して見せた。


「こんなチャンス生涯に一度あるかないかだ」


 お父さん……。これは、政略結婚と言うヤツじゃないか?

 目当ては大規模農園とのつながりだよね……。

 そもそも私はまだ17歳だよ。結婚なんて早すぎない? 前世では34歳まで……、あ、いや、それは何の自慢でもなければ、むしろ結婚するべき理由になりうる話になってしまう。ああその通り。オタ活に精を出しても、人生のパートナー探しをせず、出会いを求めないのはダメだと言う人生の教訓を前世で得た。

 いいや、だがだが、後悔をしたくないのならば、結婚相手は親から押し付けられるようなものではあってはダメ。絶対ダメ。どんな恋愛マンガ・恋愛小説もお見合い相手が正解だったってパターンはない。そうだ、幾度となくそんな話を見てきた読んで学んできたんだ。前世の財産と言ってもいい。


 と、息巻いたものの、所詮は私は転生者なのだ。


 やがては火炙りになり、この生をまっとうする運命。


 私の思いはバラさずに、このままお父さんの言う通りにお見合いをしてもいいのではないだろうか……。


 あれ、

 ……待てよ。


 どうやって転生者が転生者だとバレるんだ?


 私は私が転生者だとわかったけれど、両親には微塵もバレていない。今も普段と何も変わらない感じで一日を過ごしている。


 他人に知られなきゃただの人。転生者ってバレなきゃよくない?


 よくよく思い出してみると、なろう小説の異世界転生ものの主人公だって自分から言い出さない限りは、バレていない。バレないまま話が進むことだってあるじゃないか。転生者とわかっているのは主人公とその読者だけだ。


 そうだ! この世界の学校の教科書にいろいろ載っていたはずだ。


 私は納戸に収納されて埃まみれになっていた箱から、学校の教科書やノートを取り出した。

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