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それからというもの、頻繁に洋介はフミ子をデートに誘った。
洋介の方から積極的に時間を見つけては会う約束を取り付けた。
彼らはK県のシンボルマークであるS島にドライブデートに行くことが多かった。
いつしかふたりは付き合うようになった。
洋介はフミ子の実家にも顔を出すようになった。
彼は高齢のフミ子の両親を気遣って、父親の畑仕事から家畜小屋の掃除や修理まで何でもやった。
「洋くんはいい人だねぇ。」
とフミ子の母は言った。
「あはは、ありがとうございます。」
彼ははにかみながら、しかし満更でもない様子で頭を掻いた。
父は太平洋戦争帰りの寡黙な男だった。洋介について是も非も語ることはなかったが、一緒に畑仕事をこなす姿は親子にも見えた。
平穏な時が流れた。
そして、付き合って1年ほどのことだ。
洋介は来春大学を卒業する予定で、もう大手の大企業に就職することが決まっていた。
洋介はフミ子を初夏の岬に連れ出し、海が臨めるその場所で片膝をついた。
「ずっと一緒にいたいんだ。」
その手には小さいながらもキラッと煌めくダイヤモンドの指輪があった。
なけなしのバイト代で買った指輪だった。
あえて「結婚しよう」と言わなかったのは若さゆえの羞恥心だろうか。それとも、彼の生い立ちゆえに“家庭を作る“と明言することが憚られ、言えなかかったのだろうか。
洋介は地方公務員の父の家に長男として生まれた。上には姉がいた。
母は地方の大地主の娘でお嬢様だった。
父は戦時中満州(現中華人民共和国;遼寧省・吉林省・黒龍省・内モンゴル自治区東部)で幼少期を過ごし、その母は現地の学校で教師をしていた。満州帰りということで、母の親族は結婚に反対したそうだが駆け落ち同然で結婚した。
その父がたいそうな、今で言うDV夫だった。加えて女癖が悪く、結婚しているのにしょっちゅう外で違う女性を取っ替え引っ替えしていた。
度重なる不倫の末、とうとう「お前はもういいから、別れてくれ」と母に切り出したそうだ。
そんな心労がたたり、40歳という若さで当時高校生だった姉と中学生だった洋介を遺して早世してしまった。
ほとんど家に寄り付かなかったと言う父親との暮らしが始まった。姉は逃げるように高校卒業と同時に大阪に就職した。洋介は大嫌いな父と2人で生活するようになった。そんな洋介には一般的な夫、父というものーー少なくとも妻や子供に暴力を振るわず、妻以外の女性と泊まらずにいつも家に帰ってくるーーそんな概念を知らずに生きてきたのだ。
プロポーズを受けて、フミ子は洋介と結婚することになった。
結婚の挨拶に彼の地元のH県に住まう父・文夫にフミ子は挨拶に行った。
最近顎関節症が悪化し、口を開けるのが辛くなっていたフミ子だが、何とか車に乗りH県の洋介の実家に着いた。
父・文夫はフミ子が九州の片田舎の農家の生まれと聞くと、鼻で笑ったように言った。
「遠いところご苦労なこったな。田舎生まれのフミ子さんの口に都会の料理が合うか分からないけど、食べてみなさい。」
実家では文夫の10年来の内縁の妻・竹子が作った料理がテーブルに並べられていた。
フミ子は開かない口で頑張って食べた。
しかし、あんまり遅いのであまり食べずに会はお開きになってしまった。
文夫は無言で、しかし冷ややかな目でフミ子を見下し、部屋を出た。
“目は口ほどにものを言う“というが、それだった。
『お前みたいな年増の田舎娘をどうしてうちの洋介がもらってやらねばならんのだ。』その目はそう言っていた。
義父となる文夫とはそりが合わないようだが、竹子は実に親切な女性だった。顎関節症のフミ子を気遣って後でこっそり茶碗蒸しを出してくれた。
「あのひと、ああだけど、不器用なひとなのよ。分かってあげて。」
文夫の横暴な態度とは対照的な竹子の優しさが身に染みた。
文夫はともかく、この“竹子さん“がいるなら嫁いでも何とかやっていけそうだ、そう思った。
そうしてK県に帰った洋介とフミ子。
洋介は3月に大学を主席で卒業し、4月に大手大企業に新入社員として入社。
その間フミ子は顎関節症の手術を受けた。
その年の年の暮れにふたりは結婚式を挙げた。
その結婚式前夜のことだ。
フミ子は結婚したら洋介と共にH県に住むことになっていた。
その夜、荷造りを終えて母と父と茶の間でお茶を飲んでいた。
母が不意にこぼした。
「結婚したらH県に行くのね。遠くなるなぁ。」
「、、、また洋介くんの休みに顔見に帰ってくるよ」
「寂しいねぇ、、、行かないでほしい、、、」
母は不意に涙をこぼしながら言った。
「、、、」
フミ子は何も言えなかった。
結婚というめでたい人生の門出には母の涙がつきものなのか、母というものは嬉しさ半面、寂寞感を抱くものなのか。
山口百恵の歌にもあるように、“突然涙こぼし、『元気でと』何度も何度も繰り返す母“になるのだろうか。そんなことを考えていた。
父は縁側に行った。父に聞いた。
「結婚、やめた方がいいのかな。」
父は静かに答えた。
「ふみが選んだひとなら大丈夫。でも、何かあったらいつでも戻ってきなさい。」
父の言葉があたたかかった。
空を見上げると、冬の澄んだ空気が満天の星空をより輝かせていた。
斯くして、フミ子は洋介と結婚し、家族になった。
1年後、フミ子のお腹には新しい命が宿った。
いつ産まれるか、お腹の子は女の子だった。
彼女は男の子のように活発に母のお腹を蹴った。
激しい胎動と、初めての出産の期待と不安に眠れない夜を過ごす1月、未曾有の阪神淡路大震災が関西地方を襲った。
洋介の会社は復興のために人員を派遣することになり、若手社員だった洋介は被災地に赴くことになった。
1ヶ月後、K県の実家に里帰りしていたフミ子のお産が始まった。
報せを聞きつけ、瓦礫の山となってしまった大阪から寝ずに車を飛ばして洋介は妻のいる産院に向かった。
22時過ぎに元気な色白の女の子が生まれた。
洋介は出産には間に合わなかったが、明け方産院に到着し、我が娘を腕に抱いた。
その時の写真が今でも残っている。
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