14 深淵が覗く時

 え、と思わず純也じゅんやが聞き返すと、紀美きみは笑顔のまま頬杖ほおづえをついた。


「同じだよ。どれもその本質は、埋めきれない欠けをおぎなうための他力本願、はずの一欠ひとかけを埋めるための行為だ」


 直人なおともロビンも、無言のまま、紀美きみのその言葉を否定する様子はない。


「人事を尽くして天命を待つ、とは言うけれど、ならばおまじないやおはらいは、人事と天命、どちらだろうね?」

「……人が行う行為ではあるので、人事、じゃないですか?」

「うん。でも、おまじないやおはらいはね、その人事で、ということでもあるよ。おまじないは天運を引き寄せる行為で、おはらいは魔を切り捨てて、運気をリセットするようなものなのだから。天運も魔も、人には本来制御権のないものだ。キミは」


 不意に紀美きみの声が低くなる。

 細められていたはずのはしばみ色の目がまっすぐに純也じゅんやを見ていた。

 その視線から何もうかがうことはできない。

 うかがえないというよりは、得体えたいが知れない。

 濁った水や逆巻く水面みなもではなく、静かに深過ぎるがゆえに底知れない鏡面のような泉。その口から放たれる言葉は、その満々とした深い泉のふちからこぼれ落ちる冷たい清水しみず

 そんなイメージが純也じゅんやの脳裏をよぎる。


「もうを、身をもって知っている、そうだろ?」


 直後、首筋に躊躇ためらうような甘い息遣いきづかいを感じた。

 周囲の席から聞こえる雑音が遠退とおのいて、その息遣いきづかいの気配だけがやたらと濃くなるが、先程の耳をくすぐった笑い声よりは、少しだけ気配が遠い。

 ロビンの視線が、決してその目つきの悪さだけではない剣呑さを含んで、監視のように純也じゅんやを通り越した後ろを見ている。

 メモをつまんだ指先に変な力が入って、くしゃ、と小さな音を立てた。


「高橋くん、大丈夫?」

「まず僕とロビンがいれば、それ以上はどうもできないはずだから、落ち着いて」

「……十字crossが崩れなければ、護符amuletとしては有効なままだから、握りしめないでね」

「……は、はい」


 直人なおと紀美きみ、ロビンの順で声をかけられて、水中から引き上げられたような錯覚と目眩めまいに襲われつつ、純也じゅんやはなんとかそう答えた。

 すると、ロビンがその目に宿した剣呑さを収めないまま、じろりと隣の紀美きみにらみつける。


「センセイが不用意におどかすのが悪い」

「えー」


 ばっさりとそう切り捨てられたことに不満げな声を上げる紀美きみに、直人なおとまでもが、生温なまぬるい視線を向ける。


「うん、紀美きみくんはもう少し、自分のすごみの極端さを気にかけた方がいいと俺も思う」

なおくんまでそう言うー?」


 さっきまでの神々こうごうしいのか禍々まがまがしいのかもわからない得体えたいの知れなさはどこへやら、紀美きみは極めて失礼なく表現するのが難しい、不満たらたら、所謂いわゆるぶーたれた態度で反論している。

 その大人げない人間らしい態度に、純也じゅんやはほっと小さくため息をついた。

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