13 聖ザカリアの十字

「んー、最近は和鋏わばさみでも全部鉄のは高級品だから、簡単には手に入らないんじゃないかなあ」

「……ああ、鉄って言ってましたもんね」


 紀美きみの発言を聞いて、鉄の要件を満たす身近なものとしてロビンがはさみを挙げたのか、と純也じゅんやは理解する。


「うん。西洋でもかつては魔除まよけとして揺りかごの中にはさみを置く、っていうのがあったし、日本でも刃物は魔除まよけとされるから、まあ怪我しなさそうな程度の刃物を枕元に置くのは手だよ」

「……紀美きみくん、俺の記憶が確かなら、その魔除まよけって日本の場合、大体お葬式とかの前の時のやつでは?」

「なあに、なおくん、縁起が悪いって?」


 直人なおとの言った内容は、純也じゅんやも聞いたことがある。通夜や葬式に際して、遺体を安置している間、胸元に短刀を置くやつだ。

 けれど、にやりとした笑みを浮かべて、さっきまで砂肝が刺さっていた串をもてあそびながら紀美きみは続ける。


「そこにあるのは対象を魔から守るために取られた手段であって、本来的に縁起が悪い事は、よ?」


 愉快そうに少し細めたその目の中に、また緑が踊る。


「目的と手段、そしてそれがもちいられる背景を無意識に混同し過ぎるのはよくない。時々は役に立つし、文化とは往々おうおうにしてそうして育つのだけれどね。まあ、今回の場合、お葬式の場合は大体短刀で、はさみではないし、と言えば納得してもらえるかな?」

「ああ、そういう……」

「なる、ほど……?」


 何か別の所で納得したらしい直人なおとをちらりと盗み見つつも、純也じゅんや純也じゅんやで引っかかるところがまったくないとも言い切れないが、とりあえずは理解した。


「まあ、僕はお手軽度としてはパンの方が上だと思うなあ。ちょっとした欠片かけら程度でいいと言うし」

「でもなんでパン? あれかな、キリストの肉体ってやつ?」

「少なからずその影響もあるとは思うけど、一番はヒトが手を加えなければ作れないからじゃないかな、ironと同じく……とはいえ」


 そう言いながらロビンが鞄からメモ帳とペンを取り出して、その帳面に何やらさらさらとペンを走らせて、それから勢いよく、ぴっとページを切り離して、純也じゅんやに差し出した。

 恐る恐る受け取ったそこには、


    ☩

    Z

    ☩

   DIA

    ☩

    B

    I

HGF☩BFRS

    Z

    ☩

    S

    A

    B

    ☩

    Z

    ☩


 と、漢字の「干」の上が突き抜けたような形にアルファベットと十字の羅列が配置されていた。

 この十字と文字で形成された図形は、純粋に十字架と呼ぶにはいろいろと何か多い。


聖ザカリアの十字Cross of St.Zacharias。古くから使われてる護符amulet

「ああ、何書いたのかと思ったら……そうね、ありだね」

「……ロビンくん、暗記してるの、これ」


 横からのぞき込んだ直人なおとが引き気味でそう言うと、ロビンは無言でサムズアップだけ返す。


「でも、書かれてるアルファベットの意味はよくわかりませんね」

「まあ、おまじないなんてそんなもんだからねえ。本人がその真の意味を考えなくても、勝手に与えられたところの意味を成すものだ」


 ねー、と紀美きみはロビンに同意を求め、ロビンも無言でうなずくだけうなずいた。


「おまじないと魔除まよけって同じ、なんですか?」

「うん? おまじないも、のろいも、祝福も、祈祷きとうも、おはらいも、魔除まよけも、本質は全部一緒だよ?」


 思っていたよりも広範な内容を一緒くたにされた。

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