5 単純明快、旗幟鮮明

 紀美きみの目に一瞬幻のように現れた緑に目を奪われ、それから、ああ、ヘーゼルの瞳というやつか、と、そう純也じゅんやは思った。

 ヘーゼル。日本語で訳すとはしばみ色だが、この色の虹彩は光の加減で緑に見える、という。

 日本人であっても、先天性で色素が薄ければ当然赤毛も金髪も出るというのだから、髪がそうなら目もそういうことがあっておかしくない。単なる遺伝上のメラニン含有量の話だし。

 しかし、知識はあっても、こうして目の前で見るのとは全然違う、と認識を新たにする。


「飲み物はどーする? 俺は車あるから烏龍茶ウーロンちゃだな」

「むしろ高橋さん、それで飲め……ます?」


 どこか言葉づかいを気にしてそうな間をはさんで、そのやたらキツい目つきで純也じゅんやを見ながらロビンが言う。


「それでって、ロビンくんにはどう見えてるんだ?」

「……アルコール飲んだら倒れるんじゃない?」


 直人なおとのフリを受けて、またじっとその眼鏡の奥の青い目で純也じゅんやを見つめた後、ロビンはぼそりとそう言った。

 実際、純也じゅんや自身、もともと酒に強い方ではないし、飲む気はなかったが、それを聞いて本気で今日はやめておこう、と強く思う。

 素面しらふで語れるか、という問題がなくはないが。


「クライアントの前だし、ボクらも飲まないでいいよね、センセイ」

「んー、まあ、そうね、そうしよっか」


 そんなこんなで全員が烏龍茶ウーロンちゃに、あとは適当に――なんか誰かやたら鶏の唐揚げをしていた気がするが――つまめるものを店員に頼むという少ししまりのない様相となった。


 ◆


「高橋くんて、大学時代、アイルランド文学でもやってたの?」


 割とすぐに出てきた料理と烏龍茶ウーロンちゃを前に、ところで、という前置きをしてから、かなり局所的な質問を投げてきたのは紀美きみだった。

 直人なおとはきょとんとしているが、ロビンの方はちょっと眉間にシワを寄せただけで、運ばれてきたばかりの焼き鳥盛り合わせのねぎまを黙々と食べている。

 つくねを手にしたばかりの純也じゅんやはちょっと困った。


「……ええと、いや、そう専門にえてたわけでもないですけど、一般教養の講義で、少しかじったぐらいで」

「なら、イェイツは多分通ってるね、うん。予想通り」

「……センセイ、それ、どう考えても初手じゃない」


 弟子とは言うが、地味に直人なおとより当りが強い気がするのは気のせいだろうか。

 確かに初手で聞くにはあからさまに変な質問なのだが。


「高橋くん、ここまで見てわかる通り、紀美きみくん、一般目線的にも、そうでない目線でも、十分に変わり者でね……」

「はあ……」

なおくん、自分で紹介しといて、そんなこと言う? 事実だけど」


 そう言って唇をとがらせる紀美きみを見て、思わず、自覚あるんだ、と脳裏をぎる。

 同時に何か違和感がしてロビンの方を見れば、じっとこちらを見る視線と視線がかち合うが、ふいっとはずされてしまった。

 なんというか、疎外感そがいかんいちじるしいというか、別の意味で胃がキリキリしそうというか。

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