4 妖美妖言

 ◆


「あ、なんだ、じゃあこのあたり近所なのか」


 つぶれても送ってやるから安心しろ、という名目で問われた住所を答えると、直人なおとは意外そうにそう声を上げた。


「まあ、安アパートの一室ですけど」

「いや、むしろそれで戸建てとかだったら驚くわ」


 自虐気味の言葉に容赦ないツッコミが返ってくる。

 四人掛けの掘り炬燵ごたつ席だけ予約を入れたらしく、案内された席で先にメニューを広げている状況だ。


 すると、店員に先導されて、良くも悪くも目立つ二人組が案内されてきた。

 片方は直人なおとを見ると、その顔をにぱっと人懐っこい笑みで飾った。

 その容貌は、なんだかやたら胡散臭うさんくさいけど、綺麗としか言いようがない。というか直人なおと幼馴染おさななじみというには大変若々しい。

 直人なおとの言っていた内容から考えるに、たぶん男性なのだろうが、色素の薄さと悪く言えばなよっとした線の細さにまとめ髪、そして所謂いわゆるユニセックスというやつだろう、というようなファッションで、女性に見えなくもないほどだ。

 ごゆっくり、と店員が去ると、すぐにそのとにかく胡散臭うさんくさい方が口を開いた。


「やっほー、なおくん」


 思った以上に、けれど見かけ通りの、めちゃくちゃ軽い挨拶あいさつだった。


「いや、紀美きみくん、ごめんな、ちょっとヤバいかな、と素人しろうと考えだけど思って」

「別に今あつかってる案件ないから丁度良かったよ」


 言いながら、靴を脱いで一段高くなった掘り炬燵ごたつ席にするりと座った。

 その動きはなんとなく、せまい所に落ち着こうとする猫の、液体のようにも見える動きを彷彿とさせる。


 その後ろをついてきていた、金髪の眼鏡の青年の視線は、ただただ純也じゅんやに突き刺さっていた。

 最初はにらまれていると感じたが、よくよく見ればそれはの目つきが悪いせいで、凝視ぎょうしされているだけのようだ。


「ロビン、キミがそんなに見てると初対面の人は萎縮いしゅくするぞ」

「あ、うん、ちょっと、ビックリした、だけ」


 胡散臭うさんくさい方に言われて、彼はそうこぼしつつも、ちらちらとこちらを気にしながら、靴を脱いで掘り炬燵ごたつ席に座る。

 途中、その長い脚のためか、ごっと音がするほど思いっきり膝を打っていた。が、武士の情けで見なかったフリをした。


「高橋くん、この二人が俺の伝手つて

「どーも、葛城かつらぎ紀美きみです。こっちは弟子のロビン」

「ロビン・イングラム……です」

「あ、た、高橋たかはし純也じゅんや、です。すみません、急に、その」


 純也じゅんやが改まってそういうと、胡散臭うさんくさい方――紀美きみ微笑ほほえましそうな顔でこちらを見てくる。


「真面目な子だねえ。ただ、すでにはロビンがつけてるし、とりあえず注文するだけしちゃう?」


 予想通りでしょ? と紀美きみがロビンを見ると、ロビンはこくりとうなずいた。


「まあ、ロビンくんがいてわからない方がよっぽど大変だよね」

「あ、でもなおくんの事前資料はとてもありがたかったよ。いくらロビンが日本語に堪能たんのうでも、流石さすがを判定させるのは難しいからね」


 直人なおととは対照的に女性的というかなんというか、見た目通り柔和で、けれど、どこか直人なおとと同じくあっけらかんとしたタイプではあるようだ。

 なんというか、つかみ所がなさそうに見えて、わかりやすいというか、直人なおとに対して懐いてるのが手に取るようにわかるというか。

 ただ、


「俺の記事、文学的、ですか」


 それが少しだけ引っかかった。


「そう。それが少しばかり問題で、少しばかり厄介」


 返事があるとも思えなかったつぶやきに、紀美きみはそう返して、それからその色素の薄い目を細めた。

 その琥珀より赤みの薄い虹彩を、ちらりと、緑の火が舞った。

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