13 周章狼狽を笑う犬

「うう……もっと知識を仕入れておくべきですね」

「いや、さっきも言ったけど、オリカは十分ペースはやいからね?」


 なんかこちらの心理的に物騒な事を言い出した織歌おりかに、ロビンがフォローに入る。

 このお嬢様は、本当、意外とたくましいというか、負けず嫌いというか、向上心が高いというか、うっかりするとはるか先にまでぱしって行きそうなのが怖い。姉弟子としての沽券こけん面目めんもくという意味で。


「えっと、あと今回、邪視じゃしでしたっけ」

「え、織歌おりか、まだ詰め込む気なの? 今日、これでおひらきのつもりだったんだけど」


 紀美きみすら驚いた時点で、十二分に詰め込み過ぎである。

 この師匠ヒトの常がどちらかと言うと、布団圧縮袋みたいなものなので、それに驚かれるということは、布団圧縮袋以上に詰め込もうとしているということで。


邪視じゃし程度、どうせ今後もないわけないですし、今回はこれで良くないです?」

「左に同じ。鉄は熱い内に打てMake hay while the sun shines.ったって限度ってものがある」


 三対一なので、が悪いと思ってはいるみたいだが、それでも織歌おりかは不満そうに唇をとがらせた。


「……わかりました、予習しときます」


 不承不承ふしょうぶしょうというてい織歌おりかはなった言葉に、内心、ひろは戦慄する。

 どんな豪速球を仕入れるつもりなんだ、怖い怖い。


「……これは、ヒントとかはなしだね」

「えー、ひどいですー」


 似たような事を考えたらしいロビンがキーワードを教える事すらめた。

 まあ、ロビンの事だからたぶん、緑の目の怪物green-eyed monsterとかそのあたりな気はするが、さっきの百人一首と同様、織歌おりかの教養なら即座に看破してくるとひろは思って、ちょっとまたひやりとした。

 文化の下地、つまりは暗黙の了解であるがゆえに、教養は馬鹿にできない。「春はもの」で笑えるぐらいなら可愛いものである。


「そういえばロビン、今日の夕飯はどうするんです?」

「ん、塩ジャケ買ってあるから焼いて、後はいつも通り、サラダと適当に味噌汁みそしる

「ひーどーいーでーすー」


 さっきの織歌おりかの恨み節入りの描写で空腹感は減衰げんすいしたが、めっされたわけではない。

 もともと時間経過に比例するものだし、復活もする。

 というわけで、今日の夕飯当番にひろが確認をしていると織歌おりかが、やっぱり不満げに声を上げた。

 鳴き声じみてて、ちょっと意地悪したくなるかわいさだ。


「詰め込み過ぎると破裂するのが道理なんだから、今日はこれでおしまい……まあ、織歌おりかは簡単に破裂しそうもないし、どうせ家に帰っても資料をあさるんでしょ?」


 紀美きみに言われると、織歌おりかはうぎゅっと変にうめいた。


「本棚一台増えたよって賢木さかきさん言ってたし」

「……あれです、窓の下とかに設置する背が低いやつですから、その本棚」

「その分、幅が広いタイプでしょ? ネタは割れてるんだよ〜?」


 にやにやと完全にからかう調子の紀美きみにそう言われて、織歌おりかはつい、と視線をはずす。

 つまり、どっちにしろ増やしたということには違いないし、図星である。


「まあ、娘が変な方向行ったら法的処置取るねって、こないだにこにこしながら言われたので、民俗学や文化人類学関係中心にして、オカルト系やスピリチュアル系はけてあんまり集めないようにね」


 まあ、娘を弟子にしているとはいえ、実質パトロンにはさからえるわけもない。

 ある程度の書籍自体はここにもあるので、ひろひろで、この際知見まとめたノート作ろうかな、とかはちょっと思う。

 この場で、生まれた時から明確にとして育てられたのは、ちょっと想定外な抜け道を必要にかられて通った上でここにいるとて、ひろ自身だけなわけだし。いやはや、最初この師匠と兄弟子でよくやってたよね、と思わなくはない。


「……わかりました、パパに抗議しときます!」

「え、そっち? ……ひろ、笑ってるし」


 織歌おりかの返事に対して慌てふためく紀美きみの様子が、自分の父親と電話している時の姿と重なって、ひろたまらずき出すしかなかったのだった。

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