12 吹き放つという所作

「じゃあ、その後、どう見る?」

「……ええっと、先にコップの塩水をかけてから、口のをかけるんですよね。ええと、浄化と同時に、上書うわがき、みたいな、感じです?」


 確信がないせいか、ふわふわと抽象的な答えが織歌おりかの口から出た。

 予想通り、紀美きみがにこにことしながら、ひろの方に視線を向けてくる。


織歌おりか織歌おりかの言いたい流れとしては、塩水本体の持っている浄化の効能と、この時点で実行者がその一部を口にふくんでいる事によって付与されうるという帰属性で、まず浄化を中心に行って、実行者が口に含んだ塩水でぬいぐるみの帰属をに変えるイメージで合ってます?」

「ええっと、そう、ですね、そうです」

「で、そこで勝ちの宣言をおこなって、全てを実行者の支配下に戻すってイメージですかね」

「……そう、なりますね」


 そこまで余り考えていなかったらしい織歌おりかは、シシトウの辛いのを食べた時みたいな表情で言う。

 確認だけなのだが、こういう時にずばずば切り込むせいか、相手を委縮いしゅくさせがちなのは悪い癖である、とひろは自覚はしている。


「まあ、単なる確認なんで。わたしとしてはすでに口にふくむことによって塩水が実行者側に帰属する時点で、単純にコップの水をかけるだけで浄化と上書きは同時実行される、と考えます」

「そうなると、口の中の塩水はどう考えるの、ひろ?」


 紀美きみ面白おもしろそうに目を細める。

 緑のチラつく目が少しわくわくしてる気配をしっかりと伝えて来る。

 これだからこの師匠は、とひろは思うし、隣のロビンもいつものことながらあきれている。


「そもそもとして、手順ではぬいぐるみにかけるとしか言われてませんが、本来的に口の中の塩水はことを想定されている、と考えています。そうすればさらにを加えることにもなりますし。なので、こう、吐き出すだけじゃ駄目なんだと思います」

「吹きかける……?」


 織歌おりかが首をかしげ、ひろの想定を分かっている紀美きみはによによとしている。

 ロビンはどうやらわからない側のようだが、じっと説明を待っている、といったところか。


「息を吹きかけること自体が、多くまじないにおいて一種のはらいとして機能します。火傷やけど怪我けが、病気といったことに関してのまじないにおける手順の一部としてよく見られますが、宿った悪しきものを吹き飛ばすための動作ですね。気吹戸いぶきど気吹戸主いぶきどぬしいう神、根国ねのくに底之国そこのくに気吹いぶきはなてむ、と言った方が織歌おりかはピンときますか?」


 織歌おりかがほわあ、と感心してるのか驚嘆してるのかよくわからない声を上げる。


「……そっか、塩水からの連携だから大祓詞おおはらえのことば沿うなら説得力が増すんだね」


 ぼそり、とロビンがそう言った。


大祓詞おおはらえのことば気吹戸主いぶきどぬしの前段は海に飲まれるということだから、そうなるね。で、ひろの想定としては、息と共に塩水を吹きかけることでぬいぐるみの霊をはらう、ということか」

「そうです。先生としても納得はできる内容でしょう?」


 にこにこと機嫌きげん良さげにひろの言葉を受け取った紀美きみはうん、と一つうなずいた。

 まあ、この人の場合、悲しそうな事はあっても、怒る方向で機嫌きげんが悪いということは早々ないのだけど。


「一応筋は通ったね。こじつけと言われればそこまでになっちゃうけど、でも正解自体がなくて筋が通ってる以上、落としどころだ」


 紀美きみからほぼ満点という意味のお墨付きが出たので、ひろはテーブルの下でぐっと見えないようにこぶしにぎった。

 ちらりと隣のロビンが見てきた気はするけど気にしない。

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