9 砂嵐の表すところ

「かくれんぼになぞらえる以上、目をつぶって十数えるのも妥当です。となると、やはり、テレビが異質ですよね、これは……」


 何より一連の儀式の段取りの中では、一番の文明の利器の使用である。


「まあ、ただのテレビじゃなくて砂嵐という、今じゃあ絶滅危惧種の画面が必要ですけど」

「……あー、ネットの記録archives見てると、ラジオや鏡で代用した人もいるみたいだね」

「鏡? なかなか面白い発想だなあ」


 いつの間にか取り出したスマホを見ながらロビンが補足し、紀美きみが興味深そうに言う。


「ええ……テレビ、ラジオはまだしも、鏡ですか……鏡については、投げますね?」

「おっけー、とりあえず説明してごらん」


 こういう時ほど、紀美きみゆるい人で良かったと心底思う。


織歌おりか、テレビの砂嵐って、どういう状況下で発生すると思いますか?」

「えっと、そのチャンネルが放送されてなかったり、アンテナが安定してなかったり?」

「ちなみに、チャンネルの語源は知ってます?」


 えっ、と短い声を発したきり、織歌おりかは視線を彷徨さまよわせて、脳内の知識の棚をひっくり返しているようだ。

 完全に想定外の質問が来た、というリアクションがなかなか新鮮である、というのは紀美きみやロビンも変わらないようで、まじまじと織歌おりかに視線をそそいでいる。

 そうして三者三様に物珍しげに織歌おりかの様子を観察した後、ロビンが口を開いた。


運河canalと同じだし、チャネリングchannelingもそうだよ」

「え、チャネリングはまだなんとなくわかりますけど、運河ってどういうことですか」


 混乱した様子の織歌おりかを見て、思わずくすりと笑うと、織歌おりかは不満そうに口をとがらせる。


「意地悪しないでくださいー」

「さっきまでビックリさせられてたこっちとしては、これがフツーだと思うんだけど? ねえ、センセイ」


 ロビンがさらりと言った言葉に、紀美きみすら苦笑している。

 内心ほっとしながら、ひろは口を開いた。


「チャンネル、チャネリング、そして運河を意味するcanal、これらは語源としては同じであって、その根幹はということになります」

「伝達経路……電波の伝達経路を切り替えるのがチャンネルを変える、ということです?」

「相変わらず、そこははやいですね……じゃあ、そこから考えると砂嵐は?」


 織歌おりかは手元のカップの中に視線を落として少し考えると、すぐに顔を上げた。


「伝達経路のこちら側出口を確保はしてるけれど、何も来てない状態……?」

「ふむ、及第点は確実ですかね、先生?」


 唐突に話を振られた紀美きみは、驚いたりするわけでもなく、ただ肯定するようににっこりと笑って、ひろの説明の続きを引き取る。


「ほぼほぼ、あってるよ。ただ、少しだけ、視点の転換が必要だ。んじゃない」


 こういう時、紀美きみの目には、ほんの少し緑の色が入る。

 それが美しいと思う反面、ひろの心の片隅かたすみで何かが畏縮いしゅくする。

 そりゃあ、ひろ自身としては生殺与奪せいさつよだつを握られているようなものだし、と自嘲じちょう気味に思ったりもする。


んだよ」

……?」


 よくわからない、と言うように織歌おりかは上体までかしぐほど、大きく首をかしげる。

 わかる。気持ちはわかる。理屈を知ってるからわかるひろとしても、これはわかりにくい。でも説明もしにくい。

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