8 空間と時間の違い

「百人一首、在原ありわらの業平なりひらの『ちはやふる かみよもきかず たつたが からくれなに みくくるとは』は、地域によりますがもつれをほどいたり、血止めのまじない歌として使われるんです」


 隣のロビンからあきれている気配がひしひしと伝わる。

 乗らなきゃいいのに、と言わんばかりの。


「……とはいえ、これはマジで連想ゲームのいきを出ないですよね、先生」

「うん、そうだね。それにほどくとめる、対象は違えど、概念がいねんとしては正反対の意味合いだし」


 ひとりかくれんぼにおいて大きな意味をめないことを確認すれば、紀美きみはにこにことしたまま肯定する。

 よし、流そう、とひろは決めた。


「とまれ、ぬいぐるみ自体についてはここまでですか。後は段取りの方ですね」

「ええっと、開始は午前三時で、明確に名前を出して、自分が最初の鬼であるとぬいぐるみに宣言して、水に沈めるんですっけ」


 ひろが流したことを織歌おりかは気にせずに、手順の確認をする。


「宣言するのは、先程さきほどの通り、実行者とぬいぐるみの自他を明確に切り分けるためで、三回というのは儀式上行為を重ねる数として、妥当な一般的範囲ですよね……」


 三は、何かと少し特別な意味合いを持つ数字として、人間に使われがちである。

 三々九度さんさんくどとか、『三枚のおふだ』とか。

 これが多くなると五だったり、七だったりになるのだが、三は何より一般的だ。


「ですが、時刻が指定されているなら、その時刻にも何らかの意味を求めるべきだと思います……けど、丑三うしみどきではないんですね」


 草木も眠ると言われる丑三うしみどきは大体午前二時から二時半頃である。


「あー、そこはですねえ、まず、江戸の時間は二十四時間を十二支に割り当てて、結果、一つの割り当てを指す一刻いっこくが二時間程度ですね。大体現在の二十三時から翌一時の二時間がスタートのこくでして……」

「でも一区切り二時間だと大雑把おおざっぱすぎるから、いくつか等分してたりしたよね」


 どう説明しようか、まとめ兼ねていると、ロビンが助け舟を出してくれた。

 一刻いっこくの中を二等分したのが初刻しょこく正刻せいこくで、三等分が上中下。

 そして、丑三うしみどきという呼び方は四等分が反映されたもの。


「その通りで、一刻いっこくの四等分がひとつ、ふたつ、つ、つ。なので、丑三うしみどきうしこくを四等分した三つ目の午前二時から二時半の三十分間程度を指します」

「ということはうしつは午前二時半からの三十分……うしの次はとらですから、もしや、午前三時って、時間的に鬼門きもんですか?」


 あいも変わらず、はやいはやい。

 とはいえ、今回はそう事は簡単ではない。


「いえ、標準的一日の中の時間的には結局のところ、逢魔ヶ時おうまがときから夜間っていうくくり以外にやべー時間はないですよ? 今回はあくまで、時間的丑寅うしとらの境目であるところから、方位のうしとらを想起させる程度です」

「時間的な部分は結局、太陽が基準なんだよ。薄明時twilightがダメっていうのは」

「まあ、つまるところ空間的にヤバいとされる鬼門を連想させうる要素ってだけで、時間それ自体に特別な意味はないってことだね」


 ロビンと紀美きみの補足もしっかり理解している気配がする。

 やはりこの妹弟子いもうとでしすごいが、ちょっと怖い。

 いや、結構怖い。純粋に順応性という意味で。

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