7 神代も聞かず

「じゃあ、赤い糸は……赤は血と考えるのが妥当ですかね」

「そうですねえ、わざわざ胴に巻きつけますし、内臓の線もありそうです、が……先生、視線がうるさいです」


 じーっ、ともの言いたげにこちらを見つめられたら、それが音でなくてもうるさいとしか言いようがない。

 なお、さっきは息がぴったりだったロビンは我関せずでお茶をすすっている。


「いや、ちょっとそれは雑だなあって思ってさ。糸に関する今回の一件にも繋がりやすい点をひろは忘れてるよ。呪術的にいえば、類感のもの」

「うーん……?」


 とはいえ、何を忘れたかなんてわからないので、忘れているのである。

 糸の類似。なんだろう。


「ダメそうじゃない?」

「うー、ヒント、裁縫における糸の禁忌。糸を通すまでは許されるよね」


 ロビンがひろの様子を見てそう判断すると、紀美きみは少し不服そうな顔でヒントを口にした。


「……え、あ、あー、あれですか、人に玉結びさせるな」

「そうそう」


 脳内をあさってようやく出てきた内容を口にすれば、紀美きみはにっこりと笑った。

 織歌おりかは解説待ちの様子で、大人しく首をかしげている。


「えーと、縫い物をする際の糸のあつかいにおける民間伝承で、他者からの糸を通した針の受け渡し自体はわりと認められる傾向があるんですが、玉結びだけは自分でしろ、と言うんですね。これを破ると、幸運をとられるとか、妊娠した時にその人が来るまで生まれないとか、お産が重くなるとか……まあ、そもそも妊婦が糸をあつかうこと自体を忌避きひするところもありますが」

「先生が類感るいかんと言ったということは、それって糸とへその類似ということですか?」


 紀美きみはしばみ色の目を細めて口を開く。


「そうだよ。後は、高知県の一部の地域では、生まれて間もない子が死ぬことが続くと、その子をクルマゴと呼ぶんだけど、そのクルマゴのひつぎ糸繰いとくり車を回すための調べ糸で、なんて話もある。それに、ひとりかくれんぼのぬいぐるみって、わけじゃないか」


 紀美きみが言わんとしたところは、ひろにもはっきりと読み取れたし、織歌おりかも察したようだ。

 赤い糸をへそとすれば、それがある人形ひとがたを沈める水は羊水ようすいの類似だ。

 確かに今回の一件の想起の起点にはなりそうである。


「後は縛る、くくる、縫いつけるという動作の意味するところ。物事の固定、拘束、束縛。つまり、ひとりかくれんぼにおいては、ぬいぐるみに取りいた霊をぬいぐるみ自体に拘束するため、とも考えられる……けど、連想ゲームだとそれ以上に面白いんだよね」

「センセイ、それ悪癖あくへき


 じっと静かに事の成り行きを見ていたロビンが口をはさむ。

 それを受けて、紀美きみは不満げに唇をとがらせつつも黙った。


「連想って……」


 中途半端なことをされれば、気になるのが人情というもの。

 糸、赤、水、この三点から浮かぶものというと――


千早振ちはやぶ神代かみよもきかず?」

唐紅からくれなゐに水くくるとは? ……糸はどこに?」


 織歌おりかが即座に下の句を出してくるあたり、教養というものを感じるが、ひろが行きあたったそれは百人一首としてではなく、まじない歌としてのそれである。

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