怪異から論理の糸を縒る

5 ぬいぐるみの意味

「さて、織歌（おりか）、気になる点は？」

「……まず、手足のあるぬいぐるみが必要、という点でしょうか」

　小さく首を傾（かし）げて織歌（おりか）は言った。

「その心は」

「手足のあるぬいぐるみ、というのは頭足人（とうそくじん）タイプのものでなければ、基本、頭、胴、四肢の五体からなるはずです。つまり、基本的な人形（ひとがた）の類似ですよね」

「センセイ、トウソクジンってナニ？」

「一定レベルの成長に達した幼児が人を描（か）こうとした時に描（か）くような、頭というか顔に直接手足が生（は）えてるフォルムのやつ。頭、足、人って書いて頭足人（とうそくじん）」

　高みの見物勢がこそこそと何か話しているが、弘（ひろ）はそっちを意識しない。

「そうですね。ぬいぐるみ、というより人形（にんぎょう）全般は、えてして人の形への類似を起点に連動して紐付けられます。『金枝篇（きんしへん）』のフレイザーが類感呪術（るいかんじゅじゅつ）として分類したタイプですね」

「かたい」

「雷おこしかな」

　もうキリがないので意識しない、意識しない、と弘（ひろ）は自分に言い聞かせながら一口玄米茶を啜（すす）る。

　すると、織歌（おりか）が口を開いた。

「フレイザーでいくと、でもこれって自分の髪や爪を入れているので、感染呪術（かんせんじゅじゅつ）でもありますよね。丑（うし）の刻参（こくまい）りと同じで」

「あ、前に賢木（さかき）さんに聞いた勉強のために読書してるって本当だったんだね……」

「うーん、熱心なのはありがたいけど、ちょっとボクとしては心配だな、この素直さ」

　こればっかりは弘（ひろ）も同意見である。

　あれか、自分の初期理解度の確認も込みで、あえて難度高めから始めるのか。

　なお、紀美（きみ）の言う賢木（さかき）さん、は織歌（おりか）の父親のことである。

　弘（ひろ）からすれば、子煩悩でお茶目なダンディだが、腹芸もできるタイプの善人といったところ。

　正味、爪の垢のほんの少しばかりを自分の父親に飲ませたい。全部でなくていい。

　その程度には人を気負わせる、というかある意味持ってる人故（ゆえ）の空気感があるタイプなので、そこまで父親に真似（まね）してほしくはない。

「類感（るいかん）も感染（かんせん）も十分に一分類として確立してる以上、その両方を備（そな）えているということは、呪いとして過剰なまでに認識されうるということになります」

「やっぱり、そうなりますよね……じゃあ唯一、実行者を守っているのは、名前の禁忌、ですか」

「チョット、はやいはやい」

「僕が言うのもなんだけど、若葉マークの速度じゃないよこれ」

　やいのやいのと横がうるさい。

　気持ちはわかるが、流石（さすが）にこれは無視できない。

「先生、ロビン、うるさい」

「あっ、ハイ」

「……はい」

　弘（ひろ）が敬語をやめて言うと、高みの見物二人はすぐに静かになった。

「……さて、ひとりかくれんぼのぬいぐるみにまつわる要素だけ、腑分（ふわ）けして解析してみれば織歌（おりか）の言う通りです。四肢（しし）のあるぬいぐるみという時点で人との類感をなし、その内に実行者の髪や爪を納（おさ）めることで実行者への感染をなす。しかし、この類感をなす形に与えられる名前はその感染先と異なる。その上で手順をさらってみれば……」

「……手順の中で、明確に名前とどうであるかを共に告げるのも、ぬいぐるみと実行者を切り離すための明確な線引きの宣言？　……弘（ひろ）ちゃん、どうかしました？」

　確かに、弘（ひろ）は織歌（おりか）の思考を誘導はした。

　誘導はしたのだが、こうも華麗に的（まと）の中央に来るとは、ということで、弘（ひろ）は若干引き気味で織歌（おりか）を見つめていた。

　高みの見物の二人も完全に引いていた。