4 ひとりかくれんぼ

 理由の理解なんて一旦は後でいい。

 そう判断したひろはひとりかくれんぼの手順の解説を続ける。


「米を詰めたあと、かっさばいた腹をで縫い合わせて、余った糸はぬいぐるみの胴体にぐるぐると巻きつけます」


 赤い糸と聞いた瞬間、織歌おりかの眉がぴくりと動いた。

 さっしが早い。


「じゃあ、私が見たのって……」

「発端がひとりかくれんぼなら、その影響を受けてるのは間違いないでしょうからね」

「聞いた感じ、そこに胎児のイメージも紐付いてたと考えるのが妥当だとうだけどね」

「うーん、胎児よ、胎児よ、何故おどる」


 お茶をすすりながら、そうロビンが付け足して、紀美きみが連想したらしい探偵小説三大奇書の巻頭歌をぼそりとつぶやく。

 それはそれで今回あながち否定もできないよなあ、とひろは頭の片隅かたすみで思う。母親の心がわかっておそろしいのか、だもの。


「そうして作ったぬいぐるみに名前をつけます。ここには禁忌事項があって、名前を自身と同じにしてはいけないと言います。それから、コップ一杯の塩水と刃物に、お風呂と隠れる場所とテレビ。このあたりが必要なものです」

「……まだ前準備なんですね、これ」

「まあ、こういう儀式めいたものって一見よくわからないけど、それらしいナニかで箔付はくづけがされて進化するのが常だし」

「意外とそれが洒落しゃれにならなかったりするわけだねえ。のせいで意味が生まれてしまう。それも儀式の意味合いに引っぱられた意味が」


 ふむふむ、と織歌おりかは横からの補足にうなずいている。

 ひろとしてはいいところをかっさらわれた気がするのだが。


「まあ、意味については後で振り返りましょう。鳥瞰図ちょうかんずさえあれば、ズームするのは自由ですし」

「わかりました」


 全体像を把握するのが先、と言えば織歌おりかは素直に了承する。


「で、残る用意としては、一応さきんじて隠れ場所に塩水を置いとくのと、風呂桶に水を張るぐらいですね。決行は午前三時」


 辞書的にいう未明みめいの時間帯が丁度始まる頃合いである。


「ぬいぐるみに対して、最初の鬼は自身であると名前を出しながら三回宣言して、水を張った風呂桶にぬいぐるみを入れます。家の中は真っ暗にした上で、砂嵐となるようにテレビをつけて、普通のかくれんぼのように目を閉じて十数えます。数え終えたら用意した刃物を持って風呂場に行き、ぬいぐるみを取り出して、ぬいぐるみの名前を呼んで見つけたことを宣言し、刃物でぶっ刺します」

「ぶっ刺す」


 紀美きみ鸚鵡おうむ返しに、ひろがぎろりとそちらを見ると、賢明な兄弟子ロビンは先程のように紀美きみに続くことはなかった。


「そして、ぬいぐるみの名前を呼んで、次の鬼はぬいぐるみであることを宣言します。それから自分は隠れ場所にひそんで、待ちます。この間が一番心霊現象が起きやすい傾向がありますかね」


 ひろは実践などしていないので、順当に考えて、というところだが。


「とはいえ、いつまでも隠れたままでいるわけにはいきません。二時間以内に終了することが推奨されますし。終わらせるにはまず、用意した塩水を口にふくんで隠れ場所を出て、ぬいぐるみを探します。この時、塩水のコップを持っていく必要があります。また、ぬいぐるみは通常風呂場に置いてきてるはずですが、元置いた場所にあるとは限らないとも言われますね」

「……手足がある、から、ですかね?」


 幾分いくぶん表情を強張こわばらせて、織歌おりかが言う。


「まあ、そこは後で。ぬいぐるみを見つけたら、コップに残った塩水をかけてから、口にふくんだ分をかけます。そして、自身が勝ったことを三回宣言して、それで終わりです。ぬいぐるみの処分については、最終的に燃える手段で処分するように言われています。つまり可燃ゴミで出せばオッケーです」


 織歌おりかの横で紀美きみが何か言いたげな顔をしているし、隣のロビンからも同じ気配を感じたが、ひろはそれらを完全に黙殺した。

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