2 トラウマ系絵画

「ただ、実際に会ってヒアリングした結果、私が必要、と判断されたんですよね」

「はい。織歌おりかは当然見えてたでしょう?」


 そう言うと、織歌おりかはちょっと渋い顔をした。

 おや、織歌おりかにしては珍しい、とひろは思う。

 織歌おりかは良く言えば泰然自若たいぜんじじゃくながら素朴そぼく、悪く言えばのろまで世俗にうとそうなのだが、実のところ、頭の回転や有事における対応はなかなかにハイスペックだし、意外と豪胆ごうたんだし、その所感しょかんたくましさには大物感すらある。大体、その体質のせいだが。


「……織歌おりか、そんなに嫌でした?」

「……が、我が子を喰らうサトゥルヌスじみてて」

「ぶっ……ふ、けほ、げっほ、はは、げへっ」


 ごふり、と横で危うくお茶をき出しそうになった紀美きみが、むせせき込みながら、笑っている。

 あの絵、苦手なんです、昔から、とこぼ織歌おりかを見るに、幼き日に出来上がった地雷をどうやらピンポイントで踏み抜いたらしい。


「げほっ、はー……我が子を喰らうサトゥルヌスかあ」

「……My motherわたしのかあさん has killed meわたしを殺した.My father isわたしの父さん、 eating meわたしを食べた.」


 隣の師匠と兄弟子のやり取りに一度ちらりと視線だけ向けて、すぐに織歌おりかに戻す。


「確かに、少なくともわたしの目にも人の形には見えましたしね、


 とはいえ、赤子ほどかと言われると微妙だ。

 まあ、ひろはあの時全力で注意を払いながら美佳みか拘束こうそくしてたので、そこまでそっちに注意は払ってない。

 織歌おりかの能力への信頼の裏返しでもある。


「……頭の部分が完全に眼球で、こう、蛞蝓なめくじみたいな灰色がかった乳白色の肌色で、胸元からおへそあたりまでがぱっくり割れてる中にぶよぶよてかてかした黒いのが詰まってて、それを割れ目を縫い止めてる赤い糸が落ちないようにしてたんですけど、その赤い糸が依頼人のお腹に繋がってたのを無理矢理に引きちぎった、頭から噛みついたんですよ、は」


 ちょっと恨み節が入った懇切丁寧な描写に、ひろは自分の空腹感がみるみる減衰げんすいしていくのを感じる。


「しかも、そしたらどろーって黒いのがしたたったのを美味おいしそうにじゅるじゅるしてましたし……」

「……あ〜、そこまでさい穿うがって描写できる程度に見えてたんですね。やっぱり相手には、織歌おりかの精度はロビンと対等レベルですか」


 そう言いつつ、今度は顔ごと横にいるロビンの方に視線を向ける。

 それを見た紀美きみが面白そうに口を開いた。


「さて、見える専門家ロビンくん、判定は?」

「確かに気持ち悪いけど、人の姿な時点で序の口」


 切れ味のするどい言い切りに、それでも織歌おりかはちょっと不満そうだ。

 そりゃ幼少のみぎり、常日頃からいろんなものが見えて耐性がついてるロビンと比べたところで、月とすっぽんは当たり前。


「でも、聞いた話と合わせると、オリカがそこまで尚更なおさら抵抗はなかったんじゃない?」

「まあ、本人離れたがらないはありましたけどねー」


 だからこそひろが、がっちり捕まえて固定してたのだし。

 物理的な対処について、この中ではひろが一番向いているというのは自明のことわりなので。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る