8 虚ろにすくう

「古来より、中空、つまりうつろなものには何かが宿るもの、とされます」


 唐突にひろがそう言った。


酸漿ほおずきなんかが有名ですかね。お盆飾りで使う酸漿ほおずきはお精霊しょうろう、つまり帰ってきた先祖の霊の憑坐よりましと考えられることもありますし、鬼が元来、幽霊を指す字であったと考えれば、鬼のともしびと書くのはそことの関連がうかがえますが」


 すたすたとシンクの方から戻って来て、また美佳みかの向かいにすとん、と腰をおろしたひろは、それ自体は置いといて、とつぶやくように言う。


小柴こしばさん、三十代なかばですっけ? そろそろ圧とか親御おやごさんから強いんでしょうねえ……いや、流石さすがに彼氏さんの素性すじょうとかめを聞く気はありませんが」

「なっ」

「状況から逆算しての邪推じゃすいですけど、意外と図星ですかね、これは」


 少しあきれたようにひろが言う。

 そして、きりりと真面目まじめな表情を作った。


「物事への認識次第しだいで、怪異の種類も変われば、怪異側からの手の出し方も変わる、というのがわたし達の重要視するポイントでして……だから、小柴こしばさん、あなたがのは、あなた自身の物事の認識によるものでもあるんです」

「私自身の……?」

「早い話が圧を受けていて、こんな事態が起こるのなら、あなたは反発せずに、早いところ結婚しなくては、ひいては孫の顔を見せなければ、とでも表面上は思った口でしょう?」


 否定できなかった。

 美佳みかの返した沈黙を肯定として受け取ったらしいひろは視線を座卓の上に落とした。


「そうなると、なんですよ。埋めなければならないうつろがそこに生まれてしまう。そこを付け込まれたというのが、今回の事例になるんじゃないですかね。ひとりかくれんぼと同じです。使うぬいぐるみに、という条件があるのも、人の形をしているならば、人と同じたましいうずめるに相応ふさわしいうつろとするため。実際、中身の綿わたを抜いて生米なまごめを詰める工程もありましたね。米と名前でうつろを満たして人形ひとがたす、というところですか」


 ひろの言う、美佳みかの身にあってうずめなければならないうつろが何かは、現状がありありと語っていた。

 マグカップを座卓の上に置いて、美佳みかを自覚した腹に手を当てて、一つ深呼吸をする。


「……そういえば、あの子はどうしたんですか?」

織歌おりかですか? 帰らせました。その能力が必要とはいえ、一般人寄り学生にはヘビー過ぎる事態なので」


 確かに、あの少女は終始しゅうし緊張した面持おももちで、最後にいたっては身をよじ美佳みかのぼんやりとした視界の中で、泣きそうな顔をしていたような気がする。

 いい年をした大人として、少し申し訳ない。


「……これは割と純然たる興味なんで、答えたくないなら答えないでいいんですが、どうしてなんて名前をぬいぐるみにつけたんですか?」

「……幼稚園の頃の、いじめっ子の呼び名です。それも、さっきまで忘れてた」

「……」


 ひろは少し考えるように目を細めて、じっと美佳みかを見つめていたが、小さくため息をついて口を開いた。


「ひとりかくれんぼの手順は、どう考えても、所謂いわゆるうしこくまいり、のろいの藁人形わらにんぎょうと同じ、呪詛じゅそ系譜けいふなんです。付ける名前と、中に入れる爪や髪の対象をちぐはぐにさせる事で軽減をねらってるだけで」

「……軽減?」

「だって、なんにも起きなきゃ、じゃないですか。でも、と言う禁忌タブーおかせば、軽減のない、自身に対する完全な呪詛じゅそとして成立する。ぬいぐるみが自分とイコールとなる、と考えればばやいです」


 それはつまり、自業自得というレベルでは済まない、ということは素人しろうと美佳みかでもわかった。

 手順の一つの、ぬいぐるみを刃物で突き刺すということが、自分に刃物を突き立てるのと同じになるということだ。

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