3 目には目を

 瑠璃るり色とはこれのことか、というような、鮮やかなけた青く丸い円形の地の中心に、同心円状に外側から白、水色、こん色、とまるで孔雀くじゃくの羽とか、鳥よけの目玉バルーンのような模様になっている派手なチャームのキーホルダー。

 け感や照明の照り返しから見るに、アクリルではなく硝子がらす製のようである。

 サイズ的にも、ずっと身に着けるのはややファンキーなファッションでもしてないと、ちょっとツラいデザインだ。


「すみません。それまではコチラをお守りとしてお持ち頂ければ」


 何処どこかで見た事があるな、と思っていた美佳みかだったが、ロビンの口からお守り、と出たのを聞いて、エスニック系の雑貨屋でどこそこのお守りとして売られていたものとそっくりである事に気が付いた。


「……あの、これ」

「ああ、ご存知でしたか? ナザール・ボンジュウ。視線でお困りとの事だったので、取り急ぎ、と」


 どうぞ、とロビンはエスニック系雑貨屋で美佳みかが見かけたそれと、金具とか細かな装飾が違うだけのそれを、つい、と美佳みかの方へ寄せた。

 そして、流れるように待ちかまえていたひろから伝票を受け取ると、そのまま財布だけ持ってレジに向かってしまう。

 困惑したまま、美佳みかがそのキーホルダーを見下ろしていると、ひろが安心させるように、にこりと笑った。


「ナザール・ボンジュウ、このキーホルダーについて、どこまでご存知ですか?」

「ええっと、エスニック系の雑貨屋とかでどこそこのお守りって言われてる、ぐらいしか」

「ああ、それだけだと、確かに不安かもしれませんね。確かにこれはお守りです。ただ、対邪視じゃし特化……に対するお守りです」

「この鳥よけバルーンみたいなのが?」


 ついつい美佳みかが思った事をそのまま口にすると、ひろはくすりと笑った。


「まあ、確かに鳥よけバルーンですね、あれ目玉模様ですから」

「じゃあ、これも目……?」

「そうですよ」


 ひろはロビンの置いた位置から、さらに、ついと美佳みかの方にそのキーホルダーを寄せた。


「ナザール・ボンジュウはトルコのお守りと言われますが、ギリシャや中東でも古くから同様のお守りがあります。こうした自体はヨーロッパとかにもありますけど、正直これ以上に身につけるのに穏当な形をしていません。また、ナザールというを意味する言葉がアラビア語に由来するように、という概念がいねんは世界に広く分布します。例えば、日本での風習だった背守せまもりってご存じですか?」


 美佳みかが首を横に振ると、ひろは少し首をかしげて話し出す。


「ええと、小柴こしばさん、最近、浴衣ゆかたを着用したことはあります?」

「え、ええ、去年の、夏に……」

浴衣ゆかたを着付ける時って、まず羽織はおってから背中心せちゅうしんい目、背縫せぬいを合わせますよね。最近の安い既製品きせいひんだとゆがんでることもありますが……着物はあの背縫せぬいが基本ありますが、子供用の服には背縫せぬいのい目がないんです。、昔はわざと子供の服の背にい取りをした。それが背守せまもりです」


 なんとなくひろの言い方に違和感を覚えて、美佳みかはよくよく考えてみる。


「……もしかして、い目も目ってこと?」

「そうです。大人はい目、背中に目がついている。けれど、よりによってか弱い子供には背中に目がない。ならばわざとい取りをしてい目を作ればいい。そうして生まれたのが背守せまもりと言われます。吉祥きっしょう願掛がんかけになる模様をい取ることが多いですが……けれど、根本の考え方はこのナザール・ボンジュウと同じです」


 かつり、とひろの指先がナザール・ボンジュウの青い硝子がらすれて音を立てる。


「そこにある、が見ている中では悪さはできまい、という考え方に、違いはありません。その中でもナザール・ボンジュウは特に邪視じゃし、悪い視線に対するお守りですから、その気味の悪い視線というのも


 断言するひろを前に、もう目の前まで寄せられたさおな一つ目と、美佳みかしばし、にらみ合うことしかできなかった。

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