2 お守り

 げほごほと一頻ひとしきき込んだロビンは、少し気不味きまずそうな表情でこちらに顔を向けた。


「けほ……ええと、失礼。その、所謂いわゆる、ということで?」

「そういうことですねえ」


 美佳みかの代わりにひろが答えながらロビンの隣に戻ると、さらさらと簡単にノートにメモを書きつけた。


「なるほど……それでは、視線は常に感じていますか? それとも、限定的ですか?」

「えっと……少なくとも、今は感じていません……でも、外よりも家で感じることが多い、かも」

「……すみません、確認なんですが」


 メモを取りつつ、ノートに目を落としていたひろが口を開いた。

 慣れた手つきでボールペンを持ったままの手の指を広げ、その人指し指をノートの上ですべらせて一点をす。


先程さきほどのお話にあった、ひとりかくれんぼをしたワンルームというのは大学生時代に住んでいたものであって、今のワンルームとは違うんですよね」

「えっと、はい」

「なるほど、ありがとうございます」


 人指し指の下を通って親指と中指の上を通ったボールペンをにぎり直したひろはメモに書き込みを追加していく。

 なんとも器用なものだ、と美佳みかはその書かれていく几帳面な文字をじっと反対から見つめた。


「それから、始まった時期にあったアナタ自身の変化については、先程さきほど確認させていただきましたが、実際、時期としてはどれくらい前になるでしょう」

「それは、その、一週間ぐらい、前から」


 そう言うと、ひろとロビンが無言のまま、アイコンタクトをした。


「あの……」

「いえ、失礼。思ったよりも期間が短いし、命に直結するようなことではない。というのに、こうしてボクらのような人間に相談する決断をした、ということは、どうにも気のせいでないほどに強かったり、何か確信にいたるきっかけがあったものかと思いまして」

「わたし達自身が言うのもなんですが、胡散臭うさんくさいことこの上ないですからね」


 阿吽あうんの呼吸という調子で、二人が口々に言う。

 確かに、指摘されればそれはまっとうな考えである。

 それでも、美佳みかがこうして頼ったのは――


「……夢を、見たんです。ひとりかくれんぼを、した時の」

「なるほど。その夢を見たタイミングは、視線を感じ始めてから、ということでしょうか? それとも、直前?」


 そう問われて、美佳みかは少しぼうっとした頭で記憶を手繰たぐる。


「……視線を、感じたのが、先だと思います。夢を見て、これはあの時の、と思ったので」

「なるほど、なるほど」


 ロビンがメガネの奥の目を少し細める。

 空の、底の抜けた、というよりはてない青を写し取ったようなその綺麗きれいな目は、少しだけ、少しだけ美佳みかを不安にする。

 とても良く晴れた空の色と同じなのに、何かどこか、突きさるように感じるのだ。


「ヒロ、他は大丈夫かな」

「ええ、まあ、そうですね」


 ロビンがひろたずねれば、ひろはノートに目を通しながらうなずく。

 それから、顔を上げたひろ美佳みかを見て、にこりと笑った。


「そしたら、最後なんですが、日程の調整とおすまいの住所、おうかがいしてもいいですか? 後日、わたしともう一人、別の者がうかがって対処しますので」

「えっと、今すぐ、は、無理、なんです、ね……そうですよね……すみません」


 美佳みかとしては今すぐにどうにかしたかったのだが、二人とて、ないそでは振れないだろう。


「ええ、ですので」


 そう言って、ロビンが脇に置いていたかばんの中から、キーホルダーを一つ取り出してテーブルに置いた。

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