9 不審者が言うことにゃ7

「そう、お稲荷いなりさん、それが重要だ」


 上機嫌じょうきげんのおにーさんは手にしたお茶のペットボトルのふたを小さくはじいて、またキャッチする。


「キミ、お稲荷いなりさんはどう思ってる?」

「え、狛犬こまいぬじゃなくてキツネが鳥居の脇に立ってる……あと京都の伏見稲荷ふしみいなりの鳥居はすごいって言う、ぐらい、かなあ」


 直接見たことがなくても、ネットやテレビであの大量に並んだ赤い鳥居の景色は、インパクトがスゴい、と言うか、神様に関係するもののはずなのに、少し不気味でもある。


「じゃあ、なんの神様かは?」

「えっと、商売繁盛だっけ」


 お稲荷いなりさんは神社だけでなく、個人がほこらとしてまつる場合があることは、晴人はるとは知っている。

 昔通っていた幼稚園の近所のお宅にほこらがあったのを見た母親が、あら、お稲荷いなりさん、とつぶやいたのを覚えていたからだ。

 別にそれを聞いて、稲荷寿司いなりずし勘違かんちがいして、どこ? と言って母親に笑われたからとか、そういうのじゃない。そういうのじゃないから思い出したくない。


「んー、本来はお稲荷いなりさんは宇迦之御魂うかのみたま御食神みけつかみと呼ばれる、食物しょくもつ、特に稲の女神と考えられるんだ。この神様が狐と紐づいた理由はネズミをるからとか諸説あるけど、三の狐の神で三狐神みけつかみと書く例があったり、古くからキツネと紐づいていて、キツネをこの神の使いと考えていた。『古事記』上の系譜でいくと、大山津見神おおやまつみのかみの娘の神大市比売かむおおいちひめ須佐之男すさのおの間に生まれた子で、兄弟には大年神おおとしがみがいる。『日本書紀』だと伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみが産んだとされるけど、『古事記』の説は、異域たる山の神の娘と、すさびちはやぶ男神おがみの婚姻から生まれた子供たちが、食物の神である宇迦之御魂うかのみたまと一年のみのりの神である大年神おおとしがみであることは、稲妻いなずまの語源も含めて考えると実に興味深い」


 とりあえず脱線してるな、と思いながら晴人はるとはコーラをごくごくと半分ほどまで飲んだ。

 その様子で好奇心にとろけた目をしていたおにーさんは、はっと脱線している事に気づいたらしく、一度せきばらいをした。

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