7 不審者が言うことにゃ5

「コックリさんにどういう漢字を当てるかは知ってる?」

「それは知らない」

「キツネ、イヌ――けものへんに俳句の句のいぬ――、タヌキ。それで狐狗狸こっくりさん」


 なるほど、それらの霊を呼び出しているという前提なのか、と晴人はるとはその当て字に納得する。


「キミはキツネ、イヌ、タヌキのそれぞれにどういった印象を持ってる?」

「え……キツネもタヌキも、昔話で人を化かす動物でしょ。イヌは、なんというか、そんなあんまり幽霊とかってイメージないなあ」

「んー、まあ一般的にはそうか、そうなるか。けものへんいぬ天狗てんぐ羊頭狗肉ようとうくにくなんだけど、日本でこの字をもちいることは少ないし、犬自体については人と共にある動物って印象が強いしね」


 ちなみにこれは比較的ワールドワイドね、と付け加えるようにおにーさんはつぶやく。


花咲はなさじいさんの犬、桃太郎の犬、猿神さるがみ退治の犬。どれをとっても犬はそのお話上の善側であって、同時にその善はの側である。メソアメリカ系の昔話だとイヌ科のコヨーテが、文化英雄ぶんかえいゆうけんトリックスター、つまりは人に文明的な何かをもたらすものとして描かれたりする。ヨーロッパには人の代わりに生贄いけにえにされた犬の話がある一方、犬の怪異の話もある。とはいえ、日本においては忠犬ハチ公のように、その忠実さにフォーカスが当たることが多い。これは儒教じゅきょうの影響が関係してそうかな……まあ、だから、日本人であるキミがコックリさんにおける犬に対して違和感を覚えるのは正しい」


 立て板に水というより、ウォータースライダーなのではないだろうか。

 頭の中でおにーさんの言葉が射出しゃしゅつされた勢いのまま、ぐるぐる、ぐるぐる、遠心力に任せて回る感覚を覚えながら晴人はるとはとりあえず、おにーさんの最後の言葉だけ頭の中に留めた。


「で、キミはキツネとタヌキにはそんなに違和感はない?」

「……うん、人を化かす動物だから、そういうのもあるのかなあ、とは思う」


 ふむふむ、とおにーさんはどこかご機嫌きげん晴人はるとの言葉を聞いている。


「そうか、そうか、うんうん。まあ、一般的感覚からするとそうなるよね」

「……おにーさん、そのっての、単なるジェネレーションギャップのことじゃないよね?」


 なんかのふくみが乗っているのはわかっても、なんのつもりなのかはよくわからない。

 けど、このおにーさんは人間びっくり箱みたいなものだと思い始めていたから、もう何が飛び出してきても変な驚き方はしない自信があった。

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