6 瓢箪に釣り鐘

 この兄弟子あにでしと師の違うところの一つとして、紀美きみは本格的に思考を始めると少なくとも聴覚情報はシャットダウンしてそのままふちに沈んでいくのだが、ロビンは呼びかければすぐに引きがる。

 そんなわけで、どこか一点を見つめていたロビンの視線はすぐにひろに戻った。


「ああ、ごめん」

「こればっかりは、あの師匠にしてこの弟子ありと言われても仕方ないと思いますよ」


 ちくりとくぎせば、ロビンはため息をついた。


「逆にヒロが感化されないのが納得いかない」

「わたし、生憎あいにくと頭の回転も悪ければ、思考も固いので」


 それはほこることじゃない、とロビンがしぶい顔をしてつぶやいてから、かかえたリュックの上で腕を組む。


「あーでも、あれだな、つぼひさごって中華圏的には同音による混同が起きてるみたいなの、なんかで読んだから、そこはもしかしたら等価equalかも」

ひさごってことは瓢箪ひょうたんですか……そういえば、なんか『西遊記』でもかめ瓢箪ひょうたんが一緒に出てきたくだりがあったような? 名前呼んで返事した対象を吸い込んで溶かすやつ」


 一般的に子供向けの絵本にってたのは瓢箪ひょうたんだけで、そんな一大決戦みたいなのなら、たぶん金角きんかく銀角ぎんかくだった気がする。そもそも、かめの能力もあの瓢箪ひょうたんのコピーだったし。


羊脂ようし玉浄瓶ぎょくじょうへい紫金しきん紅葫蘆こうころだっけ。そういえば、八仙はっせん張果老ちょうかろうも、乗ってるロバを瓢箪ひょうたんから出し入れしていたはず……」


 八仙はっせん。その字のごとく、中華圏の神仙思想における代表的な八人の仙人・仙女のこと。

 当初こそ古代ギリシャのオリュンポス十二神のように諸説あったらしいが、確かどこかの時点でほぼほぼ固定になっている。

 その内の張果老ちょうかろうといえば。


「正体バラされた仕返しに道士一人殺して、バラさせた人が約束通りにとりなしたので生き返らせたとかいう人ですっけ?」

「なんでそんな物騒な覚え方してるの……」


 困惑の気配が濃密にただようが、ひろは気にしない。

 むしろ、覚えていた事を褒めて欲しい。

 それを見透みすかしたのか、生温なまぬるい視線だけ寄越よこして、ロビンは気を取り直したように口を開いた。


「同じ八仙はっせんだと鉄拐てっかいも、アトリビュートattributeの一つとして瓢箪ひょうたんがあったね」

「ああ、弟子のせいで火葬されちゃったから、そのへん物乞ものごいになった人」

「……うーん、割とメインエピソードだから突っ込めない」


 丸い卵も切りようで四角。つまるところ物は言いようというやつ、と思われている。

 なお、ロビンの言うアトリビュートは、特に西洋絵画における、描かれた人物が何者かを指すための持ち物や装飾品のこと。持物じぶつというやつだ。


「でも、鉄拐てっかいといえば、やっぱりそのメインエピソードや名前とひもづく鉄の杖のイメージの方が強いですね」


 魂だけ抜けて修行してくる、期日までに戻って来なけりゃ火葬にしろ、と弟子に言いつけたのに、親の訃報ふほうだったかにあわてた粗忽者そこつものの弟子は、なんと期日の一日前に鉄拐てっかいの本来の身体からだ荼毘だびに付してしまったのだ。

 結果、あわれ、鉄拐てっかい身体からだがなくなってしまったから、仕方なく近くで死んでた物乞ものごいの身体からだで生き返った。

 そしてその物乞ものごいの片足が悪かったものだから、鉄の杖をついている。故に鉄の杖を意味する「鉄拐てっかい」と呼ばれるとか。


「そうね、ヒロが覚えてるぐらいのインパクトはあるもんね」


 ロビンのその生温なまぬるい視線での返しはけなされていると取るべきなのか、なんなのか。

 ただ少しばかり、マジックテープのざらざらな方をさわった程度に、ひろには引っ掛かった。

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