7 Miniascape

「意匠によってはその瓢箪ひょうたんから蝙蝠こうもりを出しているらしいよ、鉄拐てっかい


 中華圏で蝙蝠こうもりといえば、ひろも思い当たる節がある。


「ああ、福ですか」


 の同音から吉祥模様の一つなのである。

 同じようなところでいけば、鹿

 この二つに、長寿を表す何かを並べて、福・ろく寿じゅの図とするのは、中華でも日本でもよくある表象だ。


瓢箪ひょうたんは真ん中がくびれていて上下が丸いから、上を天、下を地としてミクロの世界を内包……これつぼにも似たような話あったから、やっぱり同音でのすり替えが起きてそうだな」

「容器であることに違いはないので、すり替わったところで、大きさ以外特に変わりはしそうにないですもんね」


 同音語のすりかわり。よくある話であるし、表意文字でありながら表音文字として使われることもある古代中国系では特に起こりやすい。

 口承こうしょうにおける一つの醍醐味だいごみだよー、なんて紀美きみの声がひろの脳内で自動再生された。


類似るいじや同音でのすりかわりはよくあるし、歌とかだと意味が重視されなくてチグハグになるとかはあるけど、伝承の内容は要点を押さえて筋さえ通せば、後は語り手の文章生成能力によるからね」


 フランス民謡の『月の光Au Clair de la Lune』とかアレはマジわからん、とロビンがつぶやく。

 ひろとしてはマザーグースもどっこいどっこいだと思う。

 時代による音韻おんいん変化まで踏まえないと明確にいんを踏んでると呼べないやつがあるのとか。


「とりあえず、そこはわかりました。それで容器繋がりでハーバリウムとの親和性が高かったと」

「ここまできてそれしか出ないのか……マジか……」


 ロビンの顔が引きつってるし、マジで気付かないの、という疑念の気配がひしひしとする。

 しかし、気付かないものは気付けないから気付かないのである。


「……ヒロって本当、変なところで開き直るよね」

「開き直ってなければ今ここにいませんよ、わたしなんて」


 そう言ってみせると、ロビンは仕方ないという顔でため息をついた。


ハーバリウムharbariumは本来的には植物標本だけれど、昨今の日本においては鑑賞目的で作られるものだ。自分の好きなように好きな植物や小物を瓶の中に配置して、保存剤であるオイルで満たし、密閉することで完成する。鑑賞用ではあれど、だ。同時に、西洋における庭と同じく、の世界、だ」

「……つまり、作成者こそ、その世界を統括する主たる、と?」


 和式の庭と西洋の庭の大きな違いとして、西洋の庭はあえて大きくこまめに手を入れながら、望んだものを望んだように、特に対称的に配置しがちである。

 その心は、歴史的に信仰の主軸とされた世界三大宗教の一つを源泉として、自然を支配する人間ひとというイメージにある……なんてよく違いとして言われたりする。


「うんまあ、そうなんだけど……なんでそういう要点をかいつまむのだけは得意なの?」

「まあ、学校での成績自体は上々でしたので?」


 応用は苦手だが、基本は押さえている。そんな感じの評点ばかりだった。


「……まあそう、作成者がべる、秩序立った世界の縮図としての庭と同じ。Godの管理する世界の下位互換。というわけで、地味にそれがタケル本人を守ってはいたんだよね」

「あー、そうですね。発想したのはたけるくんですもん」


 つまるところ、あの山の神の領域という異界に、無理やりねじ込む形であれ、ハーバリウムという人を基軸きじくにした物品の発想で、鑑賞される側になりこそすれ、人工物という壁を作った……ということになる。

 それはロビンが子供の発想怖いなんてつぶやくわけだ。下手すれば、相手の神経を逆撫さかなでしかねないのだし。

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