4 共に食らう

「気を取り直して」


 しゅんと落とした肩をがばりと上げて、ひろは説明を続ける。


「日本神話――まあ記紀ききのどちらを引くかはありますけど、今回の概要がいようはさほど変わりませんね――には泉之竈喰よもつへぐいという言葉が登場します。この言葉の意味としては黄泉よみ、つまり死後の世界のかまど――昔はへっついとも言いましたので『へ』の部分ですね――で調理されたものをらった、食べたという意味になります」

「問題は、その言葉が出る箇所かしょだね」


 ロビンの言葉にひろは一つうなずいた。


「この言葉が現れるのは、日本における数多の神を生んだ夫婦神、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみ訣別けつべつ……あー、別れる段の直前です」


 ひろたけるにわかる言葉を選び直したのを、無言でロビンがうんうんとうなずいている。


「この言葉が出てくる時点で、伊邪那美いざなみは亡くなっています。伊邪那岐いざなぎはそれを迎えに死後の世界である黄泉よみの国に行くのですが、それを受けた伊邪那美いざなみは『すで泉之竈喰よもつへぐいをしてしまったので』と、この迎えを無条件には受け入れないのです」

「……つまり、食べちゃったから?」


 その前の説明と合わせれば、自然とそうなる。

 ひろはこくりとうなずく。


「その通りです。似たような話としてはさっきロビンが言った通り、ギリシャ神話で死後の世界を管理する神ハーデースが、一目惚ひとめぼれした女神コレーをさらってしまった話の中で、コレーは死後の世界の柘榴ざくろを数粒食べてしまっていたので完全に地上に戻る事はできず、コレーは一年の十二ヶ月の内、食べた柘榴ざくろの粒と同じ数だけの月を死後の世界で、ハーデースの妻、ペルセポネーとして過ごすこととなりました。このコレー自身とその母親である女神デーメーテールは共に豊穣の女神とされるので、これによって不毛なる季節――まあ一般に冬が産まれたという起源を語る神話……と言われます」

「同じようにアイルランドの妖精の伝承では、妖精の国に連れて行かれたら、そこで出されたものは、食べてはならないとされるわけだ。とはいえ、ここまで顕著にとされるのはこれらぐらいだね」


 ロビンの言葉に、ひろもそうですね、と同意を口にする。

 たけるとしては難しい。難しいがちょっとひっかかる。


「なあ、ロビンの言い分だと、はっきり言わないってのはあるの? ひろねーちゃん」


 ロビンが眉間にしわを寄せた。元々の目つきも相まって、なかなかのけわしい顔である。たぶん、自分だけ何故呼び捨てなのだというだけだろうけど。

 一方、ひろは一層顔を輝かせた。


「そうですね。新嘗祭にいなめさい共食きょうしょく……うーん、新嘗祭にいなめさいって小学生の歴史に出ましたっけ? 高校の日本史で見た記憶はあるんですけど」

「ボクにかれても知らないんだけど」


 そりゃあ、ロビンが知るよしもなかろう。

 ひろがこちらに目を向けて来たので、たけるは知らないという意味で首を横に振った。


新嘗祭にいなめさいは簡単に言えば、今年もこれだけの収穫がありました、と感謝をささげる祭り、と一般的には言われます。時期的にもその年の収穫が行われた後。この祭りを実際におこなうのは時の天皇です。特に即位後初めての新嘗祭にいなめさい大嘗祭だいじょうさいとして大々的に行われますので、なんかそんな言葉聞いたかもーみたいなのありません?」


 大人ならともかく、たけるはただの一般的小学生男子である。

 やや奇特なタイプでない限り、そんなことを覚えていたりはしない。


「知らない」

「……まあ、一般的にはそうでしょう、うん。大事なのはその内容の一つ、天皇によるです」

「……新鮮な給食?」


 再び、ひろががっくりと肩を落とし、ロビンはやや生温なまぬるい目をしながらそれを見ていた。

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