3 柘榴とご飯

 ◆


「では、まず重要なところからいきますか」


 ここまでの流れの妥当性だとうせいのまま、ひろが場を取り仕切る。

 ひろが自身のリュックから取り出して地面に広げたシートに、三人とも思い思いに腰を落ち着けた状態である。


たけるくん、君はご両親とはぐれてから、自分の持ってる飲み物や食料以外、つまり、そのへんの木の実とかき水は口にしていませんね?」

「してないよ。だって、毒があるかもしれないし、水だって……ええと、しゃ、しゃ……ないと危ないんだろ?」


 なんかもっと難しい言葉で父親が言ってたはずだが、思い出せずとりあえず自身の理解の範疇はんちゅうたけるはそれを言語化した。

 途端に、二人の張り詰めた表情が少しゆるむ。そして、ロビンが苦笑しながら言った。


「水のは、煮沸しゃふつね、煮沸しゃふつ


 見るからに外国人のロビンにそう訂正されると、たけるとしてはあまり面白くない。

 それを見て取ったロビンは、にやりと笑ってこう言った。


「イギリス人のボクに訂正されたくなきゃ、もっと勉強をがんばりなよ」


 そのロビンの後頭部をぺちりとひろがはたく。


「はーい、ロビン、あおらない、あおらない。とりあえずは、安心しました。まあ、山におくわしいお父さんでらっしゃったから、そのあたり、ちゃんとしてるだろうなあとは思ってましたけど」


 ――それでも、万が一のケースはありますからね。

 はー、と安堵のため息と共にひろは上を向いてそうこぼす。

 単にたけるはお腹が少しもすかなかったし、それほど動き回らなかったから、手持ちの食料も水筒も十二分に余っているというだけなのだが。


「なあ、ひろねーちゃん、それってそんなに重要なの?」

「……」

「ヒロ?」


 たけるのその言葉に、ひろは数瞬ばかりほうけた様子で、先程さきほど頭をはたかれたロビンが怪訝けげんそうに声をかけて、初めてはっと我に返った。


「は、はい! 重要ですよ!」


 謎の意気込みと共に、ひろははっきりと言い切る。


たけるくん、君、神話とかってたしなんでたりします?」


 突然のフリに、たけるは圧倒されながらも、ふるふると首を横に振った。


「いいですか、たけるくん。こういう超常の場においては、その場にすでにあるものでも、そこにいる誰かに渡されたものでも、!」


 驚いた様子だったロビンが、ははあ、と納得した顔になっている。

 そして、ちらりとたける目配めくばせすると、ひろに見えないように、両の手のひらを合わせてみせた。


 それを見て、たけるはロビンが相当に日本慣れしたイギリス人であることを察知した。そして、そのジェスチャーがひろの気が済むよう付き合ってくれと言っていることも。


「えっと、なんで?」

「神話をたしなまない、ということなので、先に慣用句で答えましょう。同じ釜の飯を食った仲、という表現、ありますね?」


 それにはたけるは素直にうなずいた。


「これは、ご飯を共有するとは、すなわち共同体をいつとする、という考えです」

「いや、そういう概念がいねんの理解って、普通、これぐらいの子には難しくない?」


 即座にロビンが、完全にあきれた顔でそう言ってくれる。

 実際、たけるはよく分かっていない。

 ロビンはそのまま手を上げ、指折りながら言う。


「ヨモツヘグイ、ギリシャ神話のコレーの誘拐、あとアイルランドでの妖精伝承にいくつか残ってるんだから、そのあたりから説明しなよ」

「ぐ……神話をたしなんでないというので、こちらの方が速いかと思ったのですが」


 ひろの様子をうかがう視線に、たけるは首をかしげてみせる。

 すると、ひろはすぐにその意を察してがっくりと肩を落とした。

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