5 福を饗す

 神饌しんせん共食きょうしょく


 リュックからメモ帳とペンを取り出して、涙目のひろはそう書きつけた。

 決して、共食ともぐいではありません、という言葉と共に。


神饌しんせんは神という字が入る通り、神様へのおそなえ物、その中でも飲食物を指します。そして共食きょうしょくは字の通り、神と共にそれを食べること、です」

「で、さっきの同じ釜の飯を食った仲につながるわけだよ」


 ロビンの補足にたけるは首をかしげた。


「え、でもさ、さっきの話だと、食べちゃいけないんだろ?」

「そこは、新嘗祭にいなめさいにおいてはから、ですよ」

「そう、人間が育てた作物を人間が調理し、神にささげるんだ。主客しゅかくの転倒というやつだね」


 ――このイギリス人、やたら難しい言葉使う。

 そう思いながら、たけるは考える。

 のならば、である。


「……じゃあ、神様をつかまえるってこと?」

「ボクらのスタンスとしては正解に近いけど、一般的には怒られる可能性のある答えだね」


 曖昧あいまいなロビンの言葉に、結局のところどうなのかがわからず、たけるは不満を覚えた。

 それを見て、ロビンはくすりと笑う。


「そもそも、新嘗祭にいなめさいは一般的には最初にヒロが言った通り、感謝を表すための収穫祭の一種と見られるふしがあるが、実際はそれだけじゃない。神をもてなし、共食きょうしょくによって、翌年の実りのための力をさずかる儀式ぎしきという側面もある。だから、神様の何かを人にとどめるためのものって考え方はアタリで、そう間違っちゃないさ」

「共同体の中の食物を神と分け合うという点では、秋田のナマハゲや高知の粥釣かゆつりのように、日本各地の来訪神らいほうしん行事における、祝儀としての切り餅や供出きょうしゅつする穀物も、そういう側面があるはずです。能登のとのアエノコトのおぜんは、完全にもてなす意識の方がまさってるとは思いますが」


 わからないはわからないなりに、ふんふんと聞いていたが、たけるはまたちょっと引っかかる。


「日本だけなの?」


 今や、グローバルがスタンダードな世界である。

 ひろがロビンをちら、と見た。


「ボクが明確に儀式の流れとして残ってるって把握してるのは日本。まあ中国とか東南アジアとかアフリカとかにもあっておかしくはない。実際、来訪神らいほうしんはるか彼方、異界から福徳ふくとくと共に――特に新年と共に――おとずれる神、という概念はチェコのツェルチとか、スイスのクロイセとかヨーロッパですら形跡は残ってるし」


 もてなすかどうかはさておいて、とロビンは続ける。


「だけどまあ、意識としては昔話にこそ多く残ってるかな。旅人が一晩の宿を最初は土地の金持ちに頼むが断られ、その後その土地でも特別貧しい者に宿を頼むと、貧しい者は貧しいなりの精一杯のほどこしをする。いいベッドを譲ったり、育ててた木をき付けにしてご飯を作ったりね。で、その旅人が実は神様で、願いを叶えてくれたりする。場合によってはケチな金持ちには罰を与える。聞いたことない?」

「なんか、すっげーどっかで聞いた話って感じはする」


 学校の月一回の図書館ボランティアによるおはなし会とか、幼稚園の頃に先生が読んでくれたたくさんの絵本とか、その中にまぎれていたようにたけるは思う。


蘇民将来子孫也そみんしょうらいしそんなり祇園ぎおん茅巻ちまきとかですね」

「……まあ、共食きょうしょくという意味だと、森や道で行きあった小人とか老人に、持ってる食料をねだられて分け与えた結果、福徳ふくとくさずかるって話もよくあるね。それを真似まねようとした悪役がある場合、そのケチでワガママな気性きしょうゆえに与えないがために呪われる」


 ロビンが横目であきれたようにひろを見てから、あきらめたようにたけるの頭の抽斗ひきだし合致がっちしそうな例をげてくれる。

 どうやら、説明全般はロビンの方が得意なようだ。

 泥沼になりそうなので、たけるはそれ以上、ひろの話には突っ込まない方針を決めた。

 小学生男児としては難しくて長い話は嫌いだ。


「そういえばロビン、そのコンテクストの場合、ギリシャのタンタロスやイクシーオーン、あと北欧のトールのヤギってどういうことになるんですかね」

「それは後ね」


 すっぱりとロビンはひろの話を切り捨てる。

 もやしで、目つきの割に押しに弱そうでも、決めるところは決めるタイプらしい。

 たけるの中で、ロビンの評価が上がった瞬間だった。

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