Arthur O'Bower 12

「…………」

「……あの、、ごめんなさい」


 何度かまばたきを繰り返して、沈黙にえかねたロビンがそう口にして、ようやく思考が再起動を始めた。


「あ、ああ、アレか、アレのことね」


 単純に考えが至らなかったで、誤魔化ごまかす。

 口元の表情を変えることは忘れてたから、たぶん大丈夫。


「ロビンが謝る必要はないよ、うん」

「……あのね、あの、を指差してね、でんごん/dengɔːn/ってね」


 /dengɔːn/でんごん。でんごん。伝言?


 唐突にロビンの口から、単に再現されただけの、それでも確実に日本語の音が飛び出て来た。


 ということは、僕があのささやきを聞いていた横で、ロビンは伝言をたくされたと?


それでも/sɔːledemɔː/ずっといっしょだからね/zútɔːíʃɔːdʌkʌlʌne/って」


 言ってたの、とロビンは続けた。

 あのヒトが言っただろう言葉を、そのままの発音で、意味もわからずに日本語で

 それが、僕の望みを反映したものなのか、それとも昔、母があのヒトに押し付けた、あるいはそれよりも遙か昔、あそこが葛城かづらきの山と呼ばれていた頃から「そうあれかし」と押し付けられた願いによるものなのか、それを、到底僕は分かり得ない。


「そう、ありがとう。ロビン、教えてくれて」


 つとめて、優しく言えてるだろうか。

 ロビンは少しだけ安堵あんどしたように、眉の八の字をゆるめている。

 それでいい。それがいい。そうでなければ。

 そこまで考えて、強制的に心の中の棚の高い段にこの案件を放り込む。考えるのは、後でいい。


 丁度その時、再度、ドアをノックする音がして、シンシアと一緒に、ロビンと同じ麦藁むぎわら色の髪の、目つきがイヤに鋭いのに、見るからにしゅんとした男性が入ってくる。

 シンシアにせっつかれるようにして、彼は僕の前に来ると軽く礼をして言った。


「セオドリック・イングラムと言います。昨日は、本当に、ありがとうございました」

「いえ、僕こそ、伸びてたところを運んでいただいたとのことで、ありがとうございました」


 今の世の中、あんな事普通信じませんからね、と、そうフォローすれば、鋭い目つきの眉尻を少し下げてバツが悪そうに笑みをこぼす。

 凶眼きょうがんというその人相が損に出るだけの割と気弱な人物と見た。


「……そう、ですね。母の考えを完全に無視したせいで、ロビンにも、シーラにも、可哀想な思いをさせてしまいました」


 そうは言っても、そっとセオドリックがロビンの頭に手を乗せれば、ロビンはくすぐったそうに、でもとても嬉しそうに笑った。

 日常的に暴力が振るうなどをしていたわけではない、何よりの証拠だ。

 それならば僕から言うことはない。

 きっと、シンシアと一緒に後から来たのは、事情なのだろうから。


「そのあたりは、たぶんシンシアにこっぴどくしかられて身にみたと思いますので、僕からは特にないですかね」

「ちょいと、あたしをなんだと思ってるのさ」

「シンシアに怒られ慣れてるからそう言ってるんだけどなあ」


 シンシアのおきゅう比喩ひゆ)はズバズバ切り込んで、すっかり締め上げてくれるので効く。

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