Arthur O'Bower 10

冬至祭りユール野生の猟団Wild Huntは特にオーディンと結び付けられるんだろ?」

「……はあ、まあ、そうだね。ちゃんと系統立てればそうなるね。で、まさかそれはオーディンが泉の水と引き換えにした片目ってこと?」

「あの言い方だと、たぶん」


 知恵の巨人ミーミルの泉の水を欲したオーディンは、その片目と引換ひきかえに、泉の水とそれに付随ふずいする叡智えいちを手にした。

 エインセルと名乗った英国という混淆地帯ケルトもアングロサクソン経由の北欧も根幹として混在してあり得る地における妖精の概念たる彼女は、それになぞらえて、僕の左目の視力を完全に奪った。

 それを祝福とも言っていたから、右目で見たものの情報量が上がったのはそれのせい、と思われる。

 まあ、他にもオーディンの権能関係で何かしらメリットがもらえている可能性はある。このあたりは少しさらったぐらいだから、これを機にしっかり学ぶか。


 そう思っている僕を浮かない表情で見つめていたシンシアは、何度目かのため息をついた。


「うん?」

「……あんたは、人なんだからね」

「うん……うん?」


 反射的に素直にうなずいてから、引っかかって首をかしげると、シンシアがまたまたため息をついた。

 そしてそのまま、がっと両手で顔をはさむ形でつかまれる。左側の視界が欠けてるので、左側の衝撃にはめちゃくちゃびっくりした。


「ちょっと、シンシア」

「あのね、あんた、何様のつもりだい」


 次の瞬間、ぶぎゅ、と強く押し込まれた頬のせいで、口中の空気を変な音を出してらすしかない。


「まったく、あんたはちょっとばかり頭のネジのはずれた奴なんだから、だなんて、ゆめゆめ思わんことさね」

「ぶ……」


 文句を言おうにも、強制的に形を変えられている口腔こうくうからは、意味のない音しか出ない。


「確かにあんたがここまでやったから、この時点で済んだとも言えるけど、そもそもあんたがいなかったら、こんな赤信号の横断歩道を渡るような結末はあり得なかった」


 リスクもリターンもハイな綱渡りをしたのは確かなので、こればかりは文句が言えない。

 本当なら、きっとロビンが死ぬか、消えるか、一番穏当おんとうな結末としても、養護施設に入れられるかだったろう。

 あの時正気に戻った母親シーラも、悔いたという父親セオドリックも、シンシアに詰められたおばあちゃんも、その結末にはなかったということは想像にかたくない。


「あんたには感謝してる。ロビンもシーラもセオドリックも、あたしも」


 その言葉の続きが容易に想像できて、それが嫌だから、僕は身をよじって頬をつぶすシンシアの手からのがれた。


「別に、そんな高尚なものじゃない。僕は僕の我儘わがままで見たくないものを見ないために切り札を切っただけ。だから、これはその我儘わがままの代償。可能性の無を有にした代償と考えれば、安いもんだろ」


 実際問題、内臓をすっぱ抜かれるより、遥かにマシなのは確かな事実である。片目だし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る