Arthur O'Bower 8

 ◆


 結局のところの話、である。


 あの親玉とも言える存在、エインセル(自称じしょう)との交渉で何かしら吸われた(推定)僕は、鼻出血びしゅっけつ(医学用語)と発熱を発症したまま、完全に昏倒こんとうしたわけである。

 その後はシンシア判断で、とりあえず窒息ちっそくだけはしないよう鼻血が止まるまで、無理矢理に座らされ続けた挙句あげく、鼻血が止まり次第、ベッドに放り込まれて、それについては一晩寝込んだだけですんだ。結構かかったらしいので、思ったよりひどい鼻血だったらしい。ティッシュ丸一箱つぶしたらしいから後で弁償しよう。

 後始末あとしまつまかせられる人って、本当にありがたいね。


 さいわいなのかはわからないが、ロビンの父親は僕が不遜ふそんののしられているあたりで、流石さすがにロビンを探しに来たらしい。

 そうして、あの一幕の一部を見た彼は申し訳なさそうに僕をベッドに放り込むまで付き合ってくれたとか。


 まあ、僕自身、あんまり大きい方じゃないとはいえ、シンシアに運ばれるのはなんかちょっとつまらないプライドが傷つくというものなので、よかった。

 でも、あまりにロビンが泣いて離れるの嫌がるものだから、父親の尊厳的にも困ったとか、まあそりゃそうだよね。

 同時に、つまるところ、父親も父親でロビンをまったく気にかけてなかったわけではないということなので、ちょっと安心。


 ちなみに、くだんのおばあちゃんは僕が倒れたあたりで、帰りの遅い息子に腹立てて来たらしい。

 が、よう知らん異国人が鼻血出して伸びてるわ、取り替え子とにらんでた孫が遠慮容赦なくびゃーびゃー泣いてるわ、行方不明だった嫁はそんな状況の中であわあわしてるわ、探しに来た目的の息子は家主にめちゃくちゃ謝り倒してるわ……というそんな状況に面食めんくらったらしい。


 そりゃ面食めんくらうわ。誰だって面食めんくらうわ。

 そんな混沌こんとん嘴広鸛ハシビロコウすら身動みじろぎするわ。僕自身は渦中かちゅう昏倒こんとうしてたわけだけど、それぐらい思う。


 そんな混沌こんとんに毒気を抜かれているすきに、シンシアはロビンの例の件について、おばあちゃんをきっちりぎちぎちに詰めたというから流石さすがである。万事ばんじかりない。


 そうした事の顛末てんまつを、僕は翌朝、ぬくぬくとベッドの上で身を起こした状態のまま聞かせられた。シンシアいわく、しばらく寝とけ、だそうだ。

 あきれた風に言うシンシアが差し出したスプーンの突っ込まれたマグカップを取ろうとして、片目の視界でくるった遠近感のせいで空振からぶりする。

 その様子を見て、シンシアが眉をひそめた。


?」


 うーん、半分は完全に真っ暗。錐体細胞すいたいさいぼう桿体細胞かんたいさいぼうも仕事してない。

 空振からぶりした手を今までの半分になった視界で見つめて、一つため息をついてから、僕は誤魔化ごまかすようにへにゃりと笑った。


「……はは、隠せそうもないかあ」


 せめて、ロビンの一家には知られたくない。

 首を突っ込むと決めたのは僕自身なのだから、めでたしめでたしで事は終わったのだと思っていて欲しいものだ。


「左目の視力、。何にも見えない」


 いつもの僕のように軽薄に胡散臭うさんくさく、できるだけ軽く聞こえるようにそう言った。

 シンシアは目を丸くしている。

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