12 平穏で当然な帰結

「終わりました!」


 織歌おりかの勢いのよい言葉に、真由まゆは、はっと我に返る。

 途端とたん、頭の中のきりが晴れたような気がした。


「うん、大丈夫」


 踊り場に腰掛こしかけたまま、身体からだをひねって窓を見やったロビンがそう言う。


「これで、収まるべきようにすべてが収まった」


 その声につられて、真由まゆもそちらを見上げた。

 窓の外にあった見事な夕焼けは、もうなかばが藍色あいいろうずめられている。


「終わった、んですか」

「終わったよ」

「はい、完璧かんぺきにできました!」


 踊り場で窓の前に立った織歌おりかが、力強くうなずく。

 立ち上がったロビンが、真由まゆに手を差し出した。


「遅くまで付き合わせて、悪かったね」

「いえ、お役に立てたのであれば……」


 真由はその手を取って、立たせてもらう。

 それから、はたと気付いてロビンと織歌おりか、それぞれに交互に視線を送った。


「ええっと、こういうのって、やっぱり、言わない方がいい、んですか?」

「……ん、誰彼かまわず吹聴ふいちょうされるのはイヤだけど」

「そうですねえ、まあ、人の口に戸は建てられませんし、王様の耳はロバの耳なんてこともありますので、まあ、そうきびしくどうのというわけでもないのですけど」


 ロビンは眉間にしわを寄せ、織歌おりか小首こくびかしげて、それぞれが、あまり言われたくはないが、強制はしないというむねを告げてくる。

 真由まゆにとっては意外だったが、でも、あんな話を普通信じるかと言われると、信じるはずもないのだから、まあそんなものかと一人納得なっとくする。


「わかりました。とりあえずは話さないつもりでいます」

「うん、まあ、それでいいよ」

「ですね」


 真由まゆにとってはこの短時間で往復することになった、のぼりより相当暗くなった階段を降りて、恙無つつがなく昇降口へ。


「えっとお二人は」


 下駄箱の建てつけがうっすら悪い扉をひらきながら問えば、二人は互いに目を合わせてから織歌おりかが口を開いた。


「依頼人への報告がありますので、また職員室に向かいます」

「事はキレイに収まったんだから、ケチをつけないよう、しっかり気を付けて帰ってね」


 この短時間で、真由まゆにはロビンのそれが表面上よりも面倒見めんどうみの良さが表れた言葉だと理解できる程度にはなっていた。


「ありがとうございます。それでは、お先に失礼します」

「はい、ごきげんよう。もし、えんがありましたら、また会いましょう」

「……ない方がいいけどね」


 ぺこりとお辞儀じぎをすれば、織歌おりかはにこにことほがらかに言い、ロビンはぽつりとそれにあきれたようにこぼす。

 真由まゆはそのまま昇降口を出て、校門に向かった。

 その途中で、ふと校舎の四階をあおぐ。


 藍色あいいろに浮かび上がる背の高い黒く角ばった影。

 その空のあいが燃えるような夕映ゆうばえの赤に染まっていた時間。

 そこから飛び降りた、かつての誰か。

 それを見た、かつての誰か。


 ――でも、それは、もう詮方せんかたない、今を生きる真由まゆが思いをせては、過去のことなのだ。


 そのまま、校舎から視線をはずし、真由まゆは校門から帰途きとについた。

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