side B

1 帰宅

 ロビン・イングラムは、自身をリアリストであると自負している。

 正確には、この目に映るものを信じていると言うべきだろうか。

 しかし、同時に、彼自身にとっての目に見えるリアルの世界は、彼以外の誰にとってもリアルりえないことを知っていた。

 それほどに、ロビンの目には見えるものが、聞こえるものですらのだ。


 ◆


「ただいま戻りましたー」

「……ただいま」


 織歌おりかとロビンがくぐったのは何の変哲へんてつもない、テラスハウス形式の建物の玄関口だった。

 看板とか、そういった商売しょうばいのあるものは微塵みじんも置いていない。


「おかえりなさい。どうでした?」

「なんとかなりました! 私、がんばりましたよー、ひろちゃん!」

〈そうだ、おれ織歌おりかが頑張ったんだぞ!〉


 織歌おりかめろと言わんばかりに、むかえに出てきたひろに飛びつき、その織歌おりかに常にまとう形になっている、ぞろりとした黒髪の美少女がそれをあおる。

 確かに、やたらと人懐ひとなつっこい織歌おりかにしては、随分ずいぶん凛々りりしくしていた方ではある、とロビンも思う。

 ひろはそんな織歌おりかをあしらいながら、ロビンの方に視線を向けた。


「ロビンは大丈夫です?」

「ああ、うん、残滓ざんしにまでから、オリカで正解。ヒロが言ってたら逆に刺激しげきしてて、ちょっとダメだったかもしれない」

〈うまかったぞ、アレ〉


 ことここにおいて、何を隠す必要もない。

 そのため、ロビンは正直な見立てを口にして、余計な情報を付け足すに、最早もはやクセとなってひさしいため息をつく。


「……それでも、気分がいいものじゃないけどね」

「まあ、そうですよね。ロビンの目なら、なおさら」


 ひろは、ともすれば中性的な少年にも見える黒髪のウルフショートを揺らして苦笑しながら、ドヤ顔をしている織歌おりかの頭をぽすぽすとねぎらうように優しく叩いている。


「そしたらお茶、れましょうか。ロビン、報告ついでに先生も呼んでもらっていいです?」

「わかった」


 じゃれ合ういもうと弟子でし二人(+αプラスアルファ)に、ひらりと了解の意味で手を振って、ロビンは三階の洋間の一つに向かった。


「おかえり、ロビン」


 入り口の左側の壁に置いてあるソファベッドに寝転んだまま、それでもすでに半身を起こしていた師匠、紀美きみが中性的な容貌ようぼう柔和にゅうわな笑みを浮かべていた。


「ただいま、センセイ」

「で、どうだった? キミは何を見た? ロビン」


 日本人にしては色素の薄い、はしばみいろの目とキャラメル色の髪の紀美きみは、ともすれば愉快ゆかいがっている様にも聞こえるやわらかな声でそう言う。

 善き隣人達good fellowsに祝福されてしまった目によって、嘘発見器うそはっけんき真似事まねごとすらできるロビンをしても、この紀美きみの情動の真偽しんぎを見分けることは至難しなんわざである。

 だから、あきらめて、ロビンは自身の見た内容からわかる事実を口にする。


「センセイの予想通り、最初のウワサと今回のウワサはよ」


 それを聞いて、紀美きみは少し満足げに、ゆるみを持たせてたばねたおのれの髪の先をもてあそんだ。

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