七章 氷界は草原に憧れる

95話 その幼馴染の異変

 風森の神殿へ行ってからの十日が過ぎようとしている。

 学園へ戻って以降もリティナと交流は続いているが、別のクラスなので会って話せるのは休憩時間や放課後くらいだ。レーヴァンス王太子との一件から、ゲーム開始前では攻略イベントは発生しないと見越したのだろう。今の彼女は、ゲーム序盤のプレイヤーと同じく、アイテム収集、スキルとステータス上げに尽力をしている。私も時々アイテム収集を手伝うが、行く場所は大人しい魔物が出てくるダンジョンばかりだ。

 レーヴァンス王太子の話によれば、彼女は改めて謝罪に来たらしい。以後、交流をしているそうだが、親し気な所以外は特におかしなところは見られない。

 ニアギスからの情報では、彼女はクラフトしたアイテムや道具を売ってお金を稼いでいる。画期的であり実用性に富んでいると評価を受けているらしい。周回済みのリティナなら出来て当然だと私は思うが、その道具類が問題となっている。

 クラフトにはレシピが必要だ。

 レシピの取得には6通りの方法がある。スキルのレベルアップによる取得。特定のアイテム製造の熟練度が上がった際に発生する閃き。工房から買う。ダンジョンの宝箱からの入手。クエスト達成報酬。友好度の高い職人からレシピを得る場合もある。

 天才と評されるロクスウェルの様に一方に特化しているのとは違い、リティナは全方位のアイテムを作り出せる。現実では、試作を重ねて商品が市場に出される。その為、一部の技術者や魔術師から、開発に関する情報を盗んでいるのではないか、と不審がられているらしい。ただ、製造される量は少ない為、まだ大きな問題になっていないそうだ。

 ゲームについて説明をするのが難しく、言えないのもあって、歯痒い。今のところ、大商団であるロレンベルグが彼女の売った道具類をすべて買い取り、一般の市場に出ないよう止めている。

 登校初日からの彼女の爆発的な人気は徐々に治まり始め、私も王太子も今のところは静観をしている。


 問題は、サジュだ。



「ミューゼリア。おはよう」


 登校中に、サジュが挨拶をしてきた。


「おはよう。今日もいい天気だね」


 傍から見れば、何気ない朝の挨拶。

 でも、サジュの周りには以前のように女子生徒はいない。まるで、見えないかのように周りの生徒達は通り過ぎていく。


「サジュは学校生活には慣れた?」

「うーん……まだ、かな。時々、別世界にいるんじゃないかって思う時があるんだ。少し前まで周りは、大人ばかりで静かだったからかな」


 王子様の様なさわやかな笑顔だと思う。

 でも、私は笑顔を作るので精一杯だ。

 サジュは、私を待ち伏せしている。

 登校と下校の時間に必ず彼と会うのは偶然だろう、と最初の2日間は見過ごしていた。でも、3日目に私が寮にたまたま忘れ物をして、いつもの登校時間より遅れてしまった際、それが判明した。

 その日、疎らな生徒の中、校舎の玄関口にサジュが立っていた。

 遠巻きに、彼は感情の無い顔をしている様に見えた。

 けれど私を見つけると、いつもの様に笑顔を浮かべて呼びかけてくれる。

たまたま、そう見えただけ。普段の王子様が演技で、素が出ただけ。そう思いたいが、何か違う。

 誰かと待ち合わせするにしても、人は髪を整えたり、体勢変えたりと、僅かな仕草や表情の変化がある。サジュのあの姿に、私はゲームのNPCを連想してしまった。主人公と会話する際や行動パターンに合わせて、NPCの顔に表情が出力される姿に似た、無機物さ。

 ゲームであれば、特に気にしない。でも、ここは現実。

 その姿が、怖いと思った。


「そういえば、最近は女の子の間で、フルーツティーが流行っているって聞いたよ。ミューゼリアの学年もそうなの?」

「うん。こっちだと柑橘系が多いよ。ハーブを入れて飲むのが好きって子もいるかな」

「爽やかだね。僕の学年は、ベリー系の甘めが流行っているよ」

「へぇ、そっちも美味しそう」


 会話自体は、他愛のない内容だ。登校と下校の時以外、サジュとは会う事もない。

 私がきちんと学園へ来ているか、確認しているのだろうか?

 風森の神殿の一件から、過保護になっているようで、何かが違う。

 突然、人が周りに集まらなくなった。私を待ち伏せするようになった。

 繋がりが見えず、わからない。

 知りたいけれど、これ以上足を踏み入れたら、サジュがサジュでは無くなる気がする。


「それじゃ、僕はこれで」

「うん。またね」


 玄関口を入ると、いつもの様に各々のクラスへと移動する。

 肩の荷が下りてホッと一息つくと、レフィードの気配が私の左肩に乗る。


『最近の彼は、行動が歪だ』

(もしかして、調べてくれたの?)


 レフィードも気付いていた事に、一人で抱え込もうとしていた私は安心をする。


『あぁ、4日前から始めた。学生生活自体は、他の生徒と変わりない。だが、ミューゼリアの事となると、行動が極端になる。下校の時刻になった途端に、玄関口まで走り出していた。それに、人が集まらなくなった原因が分からず、不可解だ』

(走り出した? 先生達、注意しなかったの?)

『誰も彼に気づいていないかのように、通り過ぎていた』

(何それ……変だよ……)


 誰もがサジュの前では言えない事も話してしまう。イグルド兄様がそう教えてくれたが、人が集まり、いなくなり、気づかれない理由にはならない。

 まるで女王バチのフェロモンに集まる働きバチの様な、収集力。

 それに対し、まるで道端の石のように誰からも視線を向けられない気配の薄さ。


『今後は、一人での行動は控えた方が良い』

(うん……)


 私の左肩から、とても弱い静電気の様にピリピリした感覚が伝わって来る。

 レフィードは、サジュの行動に怒ってくれているようだ。


『教師陣に相談した方が、良いのではないだろうか?』

(したいけど、リティナの事もあるし、より人間関係が拗れそうで……)

『君の身の安全を優先した方が良い』


 サジュが私にストーカーをしている、となれば、リティナとの関係がどう転ぶか分かったものではない。私にはレーヴァンス王太子からの頼みがある。プレイヤー目線としても、彼女の行動は出来る限り観察したい。


(まず、シャーナさんとニアギスに話してみるよ)


『……わかった。下校の際、女の子と同士ならサジュを避けやすい。場合によっては、彼の空間魔術が役に立つ。目撃者の数と証拠の多さで、教師達も聞く耳を持ってくれるはずだ』


 レフィードは納得してくれた。

 リティナよりも先に、サジュとの関係が壊れるかもしれない。薄っすらそう思いながらも、小さい頃の思い出が足かせになっている。

 

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