94話 無事に合流を果たすものの

 ニアギスの空間魔術のお陰もあって、私とシャーナさんは2人のいる付近まで直ぐに到着した。自然な流れで会えるように道沿いを足早に歩き、リティナに発見してもらう。


「2人とも良かったー! すっごい心配したんだよ!」


 私達を見つけると直ぐに駆け寄り、安心した様子を見せるリティナとサジュ。


「ご、ごめん。少し奥に行ったら、魔物に遭遇して……刺激しないよう注意引いている内に、道から反れて、迷子になっちゃったんだ」

「えっ!? ま」

「ミューゼリア! 怪我は!?」


 リティナの言葉を遮り、サジュは強い声で私に詰め寄った。


「え、あ……うん」


 いつも穏やかな彼とは打って変わり、強張った表情と声に、私だけでなく2人も驚いている。


「だ、大丈夫。ちょっと魔術で脅したら、魔物はすぐに逃げたから」

「そう……それなら、よかった」 


 私の答えを聞いてサジュは安堵の表情を浮かべて、肩の力が抜けた。


「心配かけて、ごめんね」


 嘘でも内容は危ないものだし、責められても、怒られても仕方がない。

 私は素直にサジュに謝った。


「本当に気を付けてよ? もしもの事があったら……」

「うん。ごめんね」


 もう一度謝ると、まだ心配そうにしていたけれど、サジュは穏やかな表情に戻っていた。


「もしもの事があったら、私にすぐに言ってね! 魔物なんて一瞬で倒しちゃうから」


 リティナは好意で言っている。ゲーム上の知識だけでは、魔物に関する情報が少ないから仕方がない。分かっていても、不快に感じた。

 魔物は魔力があり、力こそあるが、動物と生態は近いものがある。彼等が暴れれば被害は大きく、倒さないといけない局面は確かに有る。人間の社会に大きな影響を与える存在であるのは、間違いない。けれど、襲ってこない状況でわざわざ彼らの領域に足を踏み入れ、倒すなんて駄目だ。  

 魔素に適性のある植物や虫の分布に一役買い、精霊憑きの群れの移動ともなれば自然が活性化する。彼等もまた生態系の一部だ。


「リティナさん」

「な、なに?」


 私が答えに迷っている内に、シャーナさんが間に入ってくれた。


「貴女はご存じないようだけれど、ここの魔物は群れが多いの」

「だ、だから何?」

「仲間が危険に晒されれば、助けに来るものよ。そうなったら戦闘は激化してしまうし、何より、狩人の方々に迷惑をかけてしまうわ」

「私達が倒してしまえば、狩人さん達は楽できるじゃない」

「今は、冬の魔物到来に備えて話し合っている最中よ。私達よりも、森に詳しい彼らの邪魔をしてはいけないわ」


 風森の神殿は国が管理し、希少な動植物や千年樹の生息地であり、シュクラジャの様に人間と共生する魔物が暮らしている。

 この均衡を保つ為にも、無差別な討伐は行えない。

 縄張りを持つ強い魔物が居なくなれば、その空きを埋めるために別の魔物がやって来る。その魔物が凶暴であれば、今の穏やかな森は維持できず、負の想念に汚染されていればより危険な状態になりかねない。


「それにね。彼等は、国に依頼を受けているの。魔物の数、種類、被害状況、事細かに報告する必要があるわ。貴女はそれを1人でちゃんと出来るのかしら?」


 アンジェラさんの調査に同行した時、私も書かせてもらった経験がある。風森の神殿の狩人達は、毎回狩った魔物について報告書を国に送る。何年の何月何日、時刻、魔物の種類、大きさ、体重、推定年齢、魔物の内臓の健康状態、解体後の素材の使用用途等、色々と書いている。

 かつては報告書を制作せず、ただ国と契約した狩人が時期によって狩るだけだった。しかし、目先の利益や誤った知識のまま魔物が大量に駆られた。生態系が崩れ、多くのトラブルが発生した。

 その後、人間への被害が激減した牙獣の王冠の管理法を参考にしたらしい。アンジェラさんが、魔物に対する知識を地道に集めた成果でもある。

 シュクラジャなどの魔物と狩人達が共存するようになって、まだ50年ほど。狩人達は魔物の関係性を改めて学び、国は報告書の統計を取り、間引く魔物や、保護する魔物を選別するようになった。 

 

「そ、それは……大変、だね」


 どうやらリティナは、その辺りが抜けているようだ。

 ここは現実。しっかりと決められた仕組みを潰しに掛かるのは、国に目をつけられかねない危険行為だ。


「狩りの許可を貰っていたとしても、私達では魔物の死体の処分に困ってしまうわ」

「……そうですね。血の匂いに、他の魔物が寄って来るかもしれません」


 シャーナさんの話に、私も同意する。

 仮に倒したとしても、現実では1件落着、とはいかない。

 例えばゲームのドロップアイテム。現実では魔物の素材を手に入れる時、自分で解体するか其れを解体屋まで持って行く必要がある。どちらにしても血抜き等の下処理が必要で、その際中は他の魔物が寄り付かないよう警戒しないといけない。

ゲームでは見えない労力が、現実には多く存在している。


「で、でも、そんな魔物だって私が倒せちゃうよ」


 理想を描いているリティナと現実的なシャーナさんとでは、ゲーム上でも相性が悪い。私もシャーナさん寄りだから、彼女目線では取り巻きに見えてしまうだろう。

 関係に亀裂を作りたくはなし、心配させてしまったのは事実だし、複雑な心境だ。


「リティナさん」

「サ、サージェルマンくん」

「僕達はあくまで薬草採取なんだから、そこまで気負う必要は無いよ」

「……う、うん。そうだね。ミューゼリアを守らなきゃって、つい……」


 サジュがフォローを入れてくれた。

 リティナの言葉に、私もはっとさせられ、申し訳なくなる。風森の神殿へ誘われた時、彼女は私を守ると言ってくれたんだ。強引な所はあったけれど、その心は本物であったと痛感した。


「あ、あのお詫びなんだけど、ここに来るまでに薬草を見つけたから、全部あげるよ」

 私もそのフォローに追う形で、革袋に摘めていた薬草をリティナに渡した。

 聖域の周辺には様々な薬草が生えている。マンドル草とクックル草も例外ではなく、時間を掛けて来たのを演出するためにも、採取していた。


「え!? 嬉しいけど……大変な思いしたのに、わざわざ薬草まで……」


 リティナは申し訳なさそうにしつつ、ちゃんと受け取ってくれた。


「今度は、ちゃんと団体行動できるように気を付けるね」


 私がそう言うと、リティナは大きく頷いてくれた。

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