92話 世界の自浄作用

『ふむ。そう言う事か』


 ロカ・シカラは一匹?で納得をする。


『蓄積されていた負の想念の浄化が開始された故、魔素が正常に森に満ち始めている。そうなれば、それを食う妖精や精霊だけでなく、迷える霊達もまた動きが活発になる。

遺物が嬢ちゃんの魔法と銀狼の血統に反応し、安全な場所へ引き寄せたと考えた方が良いな。花畑の幻影は、その余波であったのだろう』


 風竜が死んだ人の魂を天へと運ぶとされていた文明の滅亡。そして、800年前の戦争。

 帝都の墓地には戦死者の慰霊碑があるが、その前後にも多くの人々が負の想念による病や災害で亡くなっている。今でこそ集団墓地はあるが、当時は財源も人でも少なく、あまりの死者数に教会では弔いが追い付かなかった。身元が分からない人、お金がない人、色んな事情が重なり、昔レフィードが言っていた遺体を池に放り投げる様な悲惨な事態が発生した。

 あの白い手が迷える魂だったのなら、なんだか可哀そうだな。


『お嬢ちゃん達を襲ったモノも、それの類であろう。若くして亡くなった存在が、お嬢ちゃん達の殻を奪おうとしたのやもしれん。負の想念により、殻無きモノの力が強まるのは事実であるが、生き物がいなければ霞も同然。虎視眈々と殻を狙う者達から見れば、今の方が絶好の機会だ』

「う、うわぁ……」


 殻とは肉体の事だ。同情してしまった私は思わず引き、魔術に精通するシャーナさんは手で口を覆った。


 どこかの怪談で、あるきっかけに主人公が鏡の中に閉じ込められ、代わりにそこから出て来た〈何か〉が主人公の姿となって現実世界に行くって結末があったな。

 負の想念によって人や生き物が汚染され、思考が激変し壊れていく。ゲームの中盤から終盤にかけては、負の想念の影響で身体も同様に変化する魔物もいた。人間は見た目こそ変わらないが、ゲーム上のシャーナさんの結末のように、内側が蝕まれ癒える事のない苦痛を味わいながら死に至る。

 健康な新しい肉体が欲しい、と渇望する側から見れば、蝕み崩壊させる負の想念は邪魔者だ。

 そうはいっても、敵の敵は味方の状況になるはずがない。

 どちらも歪んでいるから、生き物にとってはとても危険だ。


「ロカ・シカラ様。私はミューゼリアのお陰で助かりましたが、今後この様な事態がまた発生するのは明らかです。人間側は、どのように対策をすれば良いでしょうか?」


 少しだけ警戒を解いてくれたシャーナさんは、ロカ・シカラに訊いた。

 ゲーム上では、妖精やその類による神隠し等は発生していない。今はストーリーがかなり変化しているとはいえ、一言もそれを匂わせる内容は存在しない。私ならレフィードが付いてくれるから安心だけれど、一般人や魔術師だけでは難しい。対策が必要だ。


『弔う側、教会のものに協力を仰ぐのも良いが、それは人間の領域のみに留めておくことだ。この森、数多の生物の領域ではそれらが活発に動くとなれば、自浄作用も働き始める。お嬢ちゃんの魔法を手助けした妖精のようにな。これは、安易に人間が触れて良いものではない。人間とは別の理が作用する。生半可な知識で踏み込めば、飲み込まれる』


 外部の力によってではなく、汚染物質を沈殿や吸着、微生物による分解などによって清浄する力を〈自浄作用〉と言う。この場合、妖精や精霊がそれを担っている。

 私の〈消えろ〉と言った際に放たれた光や鳥の鳴き声の主が自浄作用を司り、力を貸してくれたのだろう。


『ただ……そうさな。自浄作用をより円滑に回すとなれば、火の精霊と妖精達の動きを確認した方が良い』

「え? どうして?」


『お嬢ちゃん達が暗い夜道を歩く時に、必要なものは何だと思う?』


「篝火や蠟燭、ランプの灯り……だよね」


 私の答えにシャーナさんも頷いた。


『そうだとも。夜目が効いていたモノさえ、死すればそれを失う。暗闇をひたすら歩き続ければ心は負に苛まれ、魂の原型を歪に変化させてしまう。火は、迷えるモノ達へ還るべき場所への道標となる』


 とても小さい頃に、怖い夢を見て目覚めてしまい、お母様とお父様の部屋に行こうとして迷子になってしまった時の事を思い出した。

 小さい頃、怖い夢を見て目が覚めてしまい、部屋の暗さに泣いてしまった冬の日を思い出した。隣の部屋で眠るお母様が、すぐに気づいてくれて、魔鉱石のランプを持って来てくれた。怖がっている私をお母様は談話室に連れて行き、屋敷を温める為に一日中薪を燃やしている暖炉の前で一緒に過ごした。パチパチと薪が燃える音と、揺らめく炎、お母様の声、二つの温もりに安心して、いつの間にか眠ってしまったのを、よく覚えている。

 やっぱり、炎誕の塔へ行くしかない。

 牙獣の王冠の事態を考えると、負の想念の動向、それを利用している人物について何か手掛かりがあるかもしれない。ただ、問題は隣国なことだ。リティナは予め国通しが話し合って、許可を得ている設定だけれど、今はゲーム開始前であり、私は貴族なので色々と手続きがある。

 後日、アンジェラさんとお父様へ相談の手紙を書こう。


『さてさて。お嬢ちゃん達、ずっとここに居ては、親が心配するぞ? 案内してあげるから、こっちに来なさい』

「あ! うん!」


 そうだ。私達は、薬草を採りに来ていたんだった。2人も心配しているし、急いで帰らないと。


「あの……シャーナ」


 魔物と顔見知りなんて周囲に知られたら、大変な事になる。この事は黙って貰わないといけない。


「大丈夫よ。誰にも言わないわ」

「うん。ありがとう」


 シャーナさんは微笑んでくれた。

 リティナ相手だとややこしくなるし、サジュは心配かけるし、で言えるはずが無かった。

魔物がこちらを狙っていたので、刺激しないよう注意を引きながら移動していたら、2人とはぐれてしまった。そんな言い訳をしよう。


「……ただ、お父様には報告させてもらうわね。ロカ・シカラ様は安易に触れるなと仰ったけれど、国民へ被害が出ないよう注意は必要だから」

「うん。その方が、ここの狩人さん達も安心できるよ」


 次期国王の婚約者で、公爵の娘であるシャーナさんを危険な目に遭わしまった。

 今更ながら、胃が痛くなってきた……………


『これこれ。何を話しておるんだ』

「あ! 今行くよ!」


 私達は、ロカ・シカラの案内で神殿を出た。ゲーム上では神殿内部も本当はダンジョンの一角で魔物がいる筈だけれど、不思議といなかった。ロカ・シカラが神殿に居て、彼の群れが周囲にいるから、魔狼等の中型の魔物達は入って来られないのだろう。


「ようやく出られたね」

「えぇ。ロカ・シカラ様のお陰で、安全に出られて良かったわ」


 神殿の出入り口に辿り着き、私とシャーナさんは外に出た。ロカ・シカラはまだ中に用があるらしく、戻って行った。


「あら、ニアギス。待っていてくれたのね」

「はい。お嬢様」


 神殿の前、結界の外で、ニアギスが待機していてくれた。

 あれ? でも、どうやって? 

 私達は突然消えて、神殿に現れた。採取していた場所と距離もあるし、神殿の結界の影響もあるから、直ぐに見つけられない筈だけど……


「ミューゼリアお嬢様。御友人にもう少し加減を教えていただけますか?」

「え?…………あっ!?」


 ニアギスのスーツの上着の両肩が、一部破れている。

 びりっと一気に破れるよりは、何かが引っ掛かってちょっとだけ裂け目があるような。型崩れもしているし、何か強い力で掴まれたのが見て取れる。

 風森の神殿で面識があって、好意的に接してくれる存在と言えば、人鳥シュクラジャだ。彼は、私を連れてくるよう木精に頼まれた事もあったので、妖精や精霊と関係性がある。きっと、精霊に事態を教えてもらって、私とシャーナさんを捜索中だったニアギスを捕まえたのだろう。

 突然の事でも、戦闘に移行しなかったニアギス凄い判断力だな。アンジェラさんから教えてもらったのかな。


「う、うん。会ったら、言うよ」


 今度いつ会えるか分からないし、聞き入れてくれるか怪しいけれど、言ってみよう。

 

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