91話 意外な形の再会
まるで海の底へと引き込まれるような、無重力で不思議な感覚。
前とは全然違う。背筋が凍るようで不安が胸の中から湧き出てくる。
身体が硬直してしまいそうになった時、ふと頬を風が撫でた。
〈魔法使いは生まれながらに妖精から愛され、幸福も、不幸も運んでくる。彼らの愛は、生物とは非なるものだ。
魔法使いの心身崩壊を招き入れるのが彼らの本質。同時に、歩む道を賛美し、報酬を与えるのもまた彼らの本質だ。
呪と祝福は根本にあるのは一緒であり、どう受け止め行動するかは魔法使い次第。
生物に近く、遠い存在である彼らの愛をしっかりと見極めなさい。騙されないように、賢く有りなさい。愛を返し、対等な関係を築き、隣人として有りなさい。
そうすれば、彼らは喜んで君に力を貸してくれる〉
ロカ・シカラの言葉を思い出す。
このままでは2人とも危ない。
私の為に動いてくれたシャーナさんを助けたい。私が、何とかしないといけない。
「消えて」
出来るだけ強く、低く、拒絶する声を出す。
私は受け入れない。私は、絶対にそっちに行かない。
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
泣きそうな声で、拒絶をする。
私を掴む白い手に、どんどん力が籠る。爪が肌に食い込み、血が出来そうだ。
痛い。でも、負けない。
勝手に気持ちを押し付けて、思い通りにならないと悲しそうに叫んで。
巻き込んでおいて、被害者ぶるな!! 意味が分からない!!
「消えて」
通じないとしても、その言霊に強い思いを込める。
白い手が私の口を塞ごうと伸びてくる。
「私達の前から、消えろ!!!」
その瞬間、強い光が私とシャーナさんを包んだ。
眩しすぎて目が開けていられず、あの白い手は悲鳴を上げた。同時に引き起るのは、それをかき消す程の、木々のさざめく大きな音と共に鳥達の高らかな声が響いた。
「きゃあ!?」
「いった!!?」
私とシャーナさんは、突然投げ捨てられるように地面に落ちた。鳥達の声が聞こえなくなった代わりに、そよ風で髪の毛が少し揺れる。
「いたた……シャーナ。怪我は無い?」
外だと思うけれど安心は出来ず、まずはシャーナさんの無事を確認する。
「え、えぇ。平気よ。ミューゼリアは?」
「少し背中を打ったけど、これ位なら平気」
私達は立ち上がり、周囲を見渡す。
「変ね……森の中に花畑なんて、聞いた事が無いわ」
私達が落ちたのは、ちょうど森の手前。木々が最初に目に入ったので気づかなかったが、周囲には色とりどりの花畑が広がっている。
「うん。不思議な場所だね」
赤、ピンク、黄色、白、水色、橙。花が咲き誇る見事な景色ではあるが、私はシャーナさんとは別の意味で首を傾げる。
花の種類が、おかしい。
あっちには春に咲く花、こっちは夏に咲く花、と滅茶苦茶だ。標高の高い場所では、解けずに残った雪の近くと日の射す場所で咲く花が違うなんて事もあるが、ここは明らかに草原だ。
『なにやら騒がしいと思えば、お嬢ちゃんか』
「ロカ・シカラ!?」
森の中から、ロカ・シカラが顔を出す。
彼の体から精霊達がふわりと出て来て、挨拶をするように私とシャーナさんの周りを飛び、戻って行く。
「ミ、ミューゼリア。その竜……」
「あっ!」
そうだ。シャーナさんは知らないんだった。
「この竜はロカ・シカラって名前で、とても賢くて……」
私が説明をしようとした時、ロカ・シカラがシャーナさんに顔を近づける。
『ほぉ。銀狼の末裔ではないか。なんとまぁ……その血を守り抜くとは』
精霊達を通して聴こえる穏やかな老人の声音に、シャーナさんの警戒が少し溶けた様に見える。
『銀狼と言っても、獣人ではないぞ。そう呼ばれる程、忠誠心が高かった人間の男だ。姫の護衛騎士でな、髪が銀色だったものだから、妖精がそう呼んでおった』
「姫って、もしかして800年前の?」
『そうだとも』
「屋敷で読んだ本には、精霊王と姫の二人旅と書いてあったような……」
『いんや。姫とその従者の女、銀狼、そして魔法使いだ。儂が群れと飛んでいる最中に数回見かけたから、確かだぞ』
姫と専属メイドと護衛2人。現実的に考えたら精霊王が一緒でも女の子1人で、終戦して間もない世界を歩くなんてあまりに危険だ。ロカ・シカラの話は信ぴょう性がある。
レンリオス家の屋敷に在った本の作者は、物語の絵面として姫と精霊王の方が盛り上がると思ったのだろうか。死人に口なしなので、これ以上は分からない。
『なるほど。遺物が、懐かしさのあまり幻影を見せたようだ』
「えっ!? ここって、聖域なの?」
私が驚いて声を上げた瞬間、花畑は暴風に呑まれて消え去り、目の前には石造りの白い神殿へと景色が変わっていた。
「あっ、わ、私、悪い事しちゃった……?」
『いんや。丁度消える時と重なっただけだ』
先程の白い手の事もあって、何か強い魔法が言霊に宿ってしまったかと思ったが、違って良かった。
神殿内部はゲームで見た通り、森に侵食されていながらも、人を寄せ付けない神秘的な雰囲気を身に纏っている。ツタの絡まる風化が進む石の柱と竜の石像が並び、石床の割れ目から植物が生え、何処からともなく虫の鳴き声が聞こえる。
『それにしても、どうしてお嬢ちゃん達がここ居る? 人間の作った結界は、この場所に人間を入れさせない為のモノでは無かったか?』
「実は……」
私は、これまでに起きた事をロカ・シカラに話した。
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