90話 森の誘い手
リティナは何故かサジュに頑張っているアピールをしながら作業を初め、私とシャーナさんは2人で薬草を探すように距離を取る。
「ロクスウェルの作った通信機の試験を頼まれていて、やっても良いかな?」
「もちろん。気づかれない様にね」
シャーナさんは、私とロクスウェルが友人であるのを知っている。彼が勝手に来たのは何かある、と察してくれていたようで、すぐに了承してくれた。
私は右ポケットから通信機を取り出す。エネルギーは、カードの中央に埋め込まれた魔鉱石。カードに小さく凹んだ場所があり、そこに人差し指の腹を乗せると、人の体内に流れる魔力を感知して起動する。
『ザザッ。ザー……あー、あー。もしもーし』
少し雑音が混じるが、ちゃんとロクスウェルの声が聞こえてくる。
「聞こえるよ」
『こっちもザッ聞こえる』
「ちょっと雑音があるね」
『ザザッ。そこは追々改良するさ。外層でザッ使えそうで良かった。ザー』
「もう少し、通信してみる?」
『うん。ザザッ。どれ位使えるかザッ知りたいから、何か話してみてよ』
「えーと……」
「私、来年の春にデビュタントが決まったの」
話題に迷っていると、シャーナさんが言った。
通信機越しに話しかけ続けると、リティナに疑問を持たれると気づき、私もその話題に乗る。
「わぁ! おめでと……えっ、春ってまさか、年に一度王城で開かれる……?」
素直に喜ぼうとしたけれど、直ぐに〈公爵令嬢+春のデビュタント〉の重大さに気づいて、思わず聞いてしまった。
「えぇ、そうよ。審査を通過したのよ」
「おめでとう!」
『えっ、何? どういうこと?』
貴族社会に疎いロクスウェルに私は説明をする。
16歳から20代前半までの令嬢が、正式に社交界デビューする祝いの場。
それがデビュタント。
王国の社交界を牽引する貴婦人が主催するデビュタントはいくつかあり、主に劇場の舞踏会会場や、自身の所有する屋敷、大庭園で開かれる。
王城で開かれる王室主催デビュタントはその中でも最高峰だ。
まず招待される参加者は12名以下。先着順ではなく、厳正な審査によって王室側から招待される。参加希望者は自己紹介の手紙を送り、選考結果を待つことしか出来ない。
「高位の貴族令嬢が選ばれやすいけれど、絶対では無いの。手紙だけでなく、彼女に対する様々な人達からの評価も選考材料の一つだから。権威は強く無いけれど由緒ある家門や、魔物討伐の成果を上げた令嬢が選ばれた年もあるんだよ」
『ザッザザへぇ、それなら、ミュミュが出らザッる可能性あるのか』
「令嬢達の憧れの場で、競争率高いから……」
全ての令嬢が平等に応募の権利を持っているが、狭き門だ。
12人全員選ばれる事もあれば、資格がある者が現れず中止される年、1人だけデビュタントを迎えて注目を浴びるなんて年もあったと聞く。だから、誰が王室デビュタントを迎えるのか毎年話題になる。
「レンリオス卿と相談してみては、どうかしら? 応募する権利は、ミューゼリアさんにだってあるわ」
「う、うん。聞いてみるよ……」
ゲームではリティナが招待されて、それを妨害しようとするシャーナさんと対決するイベントが発生する。シャーナさんは公爵令嬢でありながら、王室デビュタントが出来なかったので嫉妬したのだとメイド達が噂をしていた。
キャラクターであった皆は、どんどん違う道過ぎを辿っている。通常よりも早い登場とはいえ、この状況にリティナはどう思うのか、気になった。
「ちょっとー! 2人ともー! お喋りも良いけど、ちゃんと頼んだ薬草を採ってねー!」
少し離れた場所から、リティナが声を掛けてくる。
「ごめん! ちゃんと採るよ!」
『ザじゃ、一旦通信切るよ。場所移動の時にザッもう一度、通信頼む』
「うん。あとでね」
リティナに声を掛けつつ、私は通信を切った。
私とシャーナさんは薬草採取を再開し、充分な大きさに成長したマルドル草を20本見つけた。植物の種類によっては若葉を使用するが、マルドル草は成長しきっている方に強い効能がある。
「あとはクックル草ね。どこかしら」
「凄く珍しい薬草ではないから、すぐに見つかるはずだよ」
そうは言ったが、何故か見当たらない。
誰かが先に来て採ってしまった可能性もあるが、自然について知識がある人が根こそぎ採っていくとは考え難い。風森の神殿は許可が無いと入れず、クックル草は固有種なので、市場に出そうとすれば即座に身元が割れてしまう。また固有種とはいえ、ダンジョン内の広範囲に分布し、年中採取が可能な事もあり、価値はそれ程高くはない。
何か環境の変化か。虫に食いつくされたか。何らかの病気に弱かったか。
別件として調査が必要そうだ。
『こっちにあるよ』
「え、どこ?」
思わず応えた瞬間、背後から私の右腕を何人かが掴んだ。異常に冷たい。
木々の影に何かがいる。
「ミューゼリア」
即座に気づいてくれたシャーナさんはマルドル草を手放し、私の左腕を掴む。
白い手。妖精の類であると認識できるが、こんなの今まで見た事もない。後ろを向いてはいけないと自分に言い聞かせ、シャーナさんだけを見る。
『こっち。こっち。こっち。こっち。おいで』
「ミューゼリア。しっかり意志を保って」
白い手が何人も私の右腕を掴んでいる。爪が食い込んでいるのに、全く痛みを感じない。
『離せ。おまえ達が触れて良い相手ではない』
レフィードが姿を現さないまま、白い手に対し静かに声を上げる。
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
何かに怯える様に白い手が焦り始める。そして、手の先、彼らがいる方向へと引きずり込もうとする力が増してきた。私はシャーナさんのいる日の射す方へと重心を置き、足を踏み出そうとするが全く進んでいる感覚が無い。
『おいでおいではやくはやくいっしょいっしょ』
耳元で言葉が重なり合い、音の渦に飲み込まれる様な感覚を覚える。
呪文のように聞こえ、暗示をかけようとしている。
「離して!」
私が声を上げて拒絶した瞬間、さらに白い手が足や首へと絡みつき、地面が無くなる。
風が吹き荒れ、霧が辺りを一瞬で覆い尽くす。
いや、これは〈森の裏側〉へと落とそうとしているんだ。
「ミューゼリア!」
危険を察知しシャーナさんが私に抱き着き、共に霧の中へ飲まれた。
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