89話 薬草採取へ

リティナに誘われてから、3日後にお父様に手紙を送った所、シャーナさんと護衛がいるなら、と了承の返事が来た。アンジェラさんは、ニアギスが行くことを伝えてくれた。

ほっとした半面、兄様との約束を含めて気を引き締める。

 そして4日後、私達は風森の神殿へやって来た。ロクスウェルには〈初等部の頃からの顔見知りが、風森の神殿に行くと聞いたから〉とリティナに言うようにお願いをした。いつもと違う魔道具の試験運転の為と口裏合わせして説明したところ、彼女も快く了承してくれた。ただ通信機については、彼女にバレるとややこしいと思い、秘密にしてもらった。


「おはようございます! キミ達が、依頼を受けてる学生さんだね?」


 馬車から降りた私達を、アンジェラさんが出迎えてくれる。

 私とシャーナさんとは初対面のように、自然と演じてくれている。


「えっ、何この変な格好の人……」


 リティナの反応に一瞬疑問に思ったが、私の方が見慣れ過ぎていると気づく。

 ファンタジー世界でも、つなぎの様な作業着の上半身はだけて、その地肌に魔方陣をいくつかペイントする人なんて、そうそう居ないもんな……髪型もその色も他の人と比べると〈変〉と言われても仕方がない。

 でも、口に出して言うのは失礼だと思う。


「管理人さんは?」


 訝し気にしながらリティナはアンジェラさんに問う。


「奥さんが熱を出したそうで、彼は看病の為に休み。副管理人さんは、狩人達と会議中だよ」


 手で示された方向を見ると、8人の男性が丸太で出来た椅子に座り、テーブルに置かれた地図を見て何か話し合っている。

 動物や魔物の毛皮を使用した服。使い込まれたブーツや手袋、握りやすいように調整された弓や鞘に収まった剣。見るからに、熟練の狩人の風貌だ。


「何か問題でもあったのですか?」

「毎年、ここに冬を越すために渡って来る魔物がいるんだ。それの対策。近隣の村や町の近くに行ったら危ないからね」


 風森の神殿は、雪が降らない。遺物から発生する風属性の魔素による影響で、雪雲が来ないからだ。周囲が銀世界になっても、ここだけは青々と緑を茂られている。冬の寒さはあっても食料が他より多いので、自然と生き物が集まって来る。


「ボクもその一人なんだけど、役割が既に決まっているから、会議が終わるまでは受付係をしてるってわけ」

「魔術師なら、そうでしょうね」


 狩人と違い、魔術師は後方支援が基本。配置はほぼ決まったも同然なので、リティナも納得した様子だ。


「それじゃ、通行証を見せてもらえるかな」

「はい。これです」


 リティナは可愛らしいローブの内ポケットから、折り畳まれた紙を取り出す。アンジェラさんはそれを受け取り、紙を開いて内容を確認すると、頷いた。


「うん。確かに、正式な許可証だ。入っても良いよ」


 許可証には、滞在日数が書かれている。予定よりも入口への帰還が遅くなった場合、管理者が捜索をする為、管理者側が一旦預かる。


「ただし、夕暮れには帰って来るんだよ。夜は肉食の魔物が動き出す時間だからね」

「はーい」


 リティナは軽い返事をする。


「それじゃ、俺はこっちで実験させてもらうから」


 素っ気ない振りをするロクスウェルは、小さなプロペラで宙に浮く魔道具を操作しながら言う。


「うん! 頑張ってね!」


 リティナは先程とは違い、明るい声でキラキラとした眼差しを送りながら、離れていくロクスウェルに手を振る。

 あからさま過ぎて、少し引く。悪い噂や虐めをしていないけど、これはちょっと……

 思わず隣にいるシャーナさんを見ると、微笑んだままだ。彼女が何を思っているか分からないが、私も顔に出さない様に気を付けよう。

 サジュはリティナを見て苦笑しつつ、アンジェラさんに〈気を付けます〉と言ってフォローを入れる。

 そして、私達は狩人達によって手入れされている道を進む。私にとってはアンジェラさん達と何度も歩いた道ではあるが、人が違うと新鮮味がある。


「あれー? 魔物が全然出てこない」


 リティナは不思議そうに道を歩いている。


「出てこないのは、良い事じゃない?」

「ここまで出ないと不思議ですよ」


 攻略候補であるサジュに対して、リティナは寄り添うように歩いている。

 彼が貴族ではないとはいえ、少し馴れ馴れしく見えるのは、貴族として育ったからだろうか。


「ミューゼリア。何か知っているかしら?」

「ある魔物に、心配されてて」


 公共の場ではないので、こっそりと私とシャーナはタメ口で会話をする。

 リティナからしてみれば不思議だが、私にとっては当然に近い状況だ。


「もしかして以前話してくれた……」

「うん。その子」


 そう、私はある魔物に心配されている。ロカ・シカラ達、風翼竜ヴァーユイシャではない。以前、私を魔狼種スィヤクツから助けてくれた鳥人種シュクラジャの若い個体だ。

 風森の神殿へ訪れると上空で飛ぶ姿をよく見かけていた。最初の内はこっちに狩りに来ていると思っていたが、シュクラジャに憑き始めた精霊つてでレフィードから、私を心配していると教えてもらった。

 普段、バンガローから奥へ立ち入るのは大人だけ。そこに小さな子供がスィヤクツに追いかけられて入って来たので、シュクラジャも驚いたらしい。再度訪れた私を木精の元へ連れて行ったのも、安全だからと嘘を付かれたとか。

 木精への印象が、どんどんと悪くなっている。


「ミューゼリアは何かと心配されがちね」

「そんなに頼りない?」


「いいえ。一度も思った事は無いわ」


 シャーナはきっぱりと答える。


「でも、あなたが大きなものを背負っている分、自然と心配になるの。それは、分かって頂戴」

「う、うん……」


 真っすぐな言葉に、私は頷いた。

 ゲームに関する話は伝えていないが、私の行動に意味があると勘の鋭い彼女なら、気づいているだろう。


「いつか、ちゃんと教えてね」

「うん」


 私達が会話をしていると、先頭のリティナさんが足を止める。


「確か、この辺り! えーと、師匠が言うには枯れた巨木の周りに、薬草が生えているの!」


 リティナはそう言って、きょろきょろと周囲を見た後、指で指示した。少し道からそれた場所。木々の間に枯れた巨木があるのが見えた。幹のみとなり、中は空洞になっているが直径は2メートルを優に超えている。大風樹に比べて小さいが、一般的にはかなりの大きさだ。

 以前アンジェラさん達と一緒に魔物の調査をした際、初めて見る大きな枯れ木に感動してスケッチをした記憶がある。道から外れているが戻り易く、目印には丁度良い。


「採取するのは、マルドル草とクックル草」


 マルドル草は葉の裏が白く、ハッカの様な香りがする。クックル草は葉っぱがギザギザとして、この時期は白い小さな花を咲かせている。どちらも風属性の魔素を含んでいる薬草だ。


「他の薬草も魔法道具の材料になるから、見つけたら採ってね。その分のお礼もするから」

「うん。わかった」

「頑張るわ」

「それじゃ、僕は周囲を見張るよ」


 私達3人は採取を、サジュは少し離れた場所から周囲を警戒しながら見張りを始める。

 

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