88話 開発サークルにて

 昼休憩になり、学園の部活動やサークルの部屋がある別棟。

 開発サークルにお邪魔して、私はロクスウェルと昼食を食べている。今日も食堂は混んでいたので、購買部で2人とも野菜とベーコンのサンドウィッチのランチセットを購入した。


「それで断る間もなく……準備して、一週間後に行くことになったの」

「えーと……お疲れ様」

「うん……」


 私の大きなため息に、ロクスウェルは同情してくれる。

 広い室内は、魔道具を主に開発するサークルなので、至る所に試作品が置いてある。眼鏡やペンの様な日用品をより便利にしようと開発している作品もあれば、箱型、棒状、板状、球体と何が起こるか分からないモノまである。三者三様で、見ていて飽きない。

 部屋の角には、部品をリサイクルする為なのか、分解されていた魔道具が詰まれている。学園から費用は出ているが、中には貴重で手に入りにくい素材があるので再利用している、と以前ロクスウェルが言っていた。


「ロクスウェルは、転入生のリティナさんをどう思う?」


 ソファに座り、淹れてもらった紅茶を飲みながら、私はロクスウェルに訊く。


「うーん……変」

「直球だね」


 ゲームのロクスウェルも〈変な奴〉と初対面のリティナに言っていたが、こちらは意味合いが微妙に違うのが表情から見て取れる。ゲームでは嫌そうに、目の前にいる彼は不思議そうな顔をしている。


「あいつさ、早朝にこの部屋にやって来たんだ」


 最近のロクスウェルは、授業を除いた時間を開発サークルの部屋で過ごしている。

 開発をしている人は深夜遅くまで作業をしているイメージがあるが、彼は早寝早起きで、学生の中でも一番と言う位に早くから登校して魔道具を作っている。

 リティナはそれを知っているから先に彼に会いに行き、その後皆と登校する振りをして私の元へ来たようだ。


「朝から来るなんて、魔道具に興味があるのかな」

「かもなぁ。俺の試作品の魔道具を一目で当てる位だし」


 ロクスウェルはソファから立ち上がり、自分の発明品や道具が置かれている棚から、3つの魔道具を出してくる。

 手の平に乗る程小さく、どれも灰色の直径四センチほどの正方形の箱だ。表面には青い文字で1、2、3と書かれている。動力となる魔鉱石は、魔力が漏れないよう封印魔術が施されているので感知できず、どのような魔道具か一目では分からない。


「これは小型化の試作で、3つとも用途が違うんだ。1は宙に浮いて、2は水が出る。3は光を出す」


 ロクスウェルはそう言って、一つ一つ動かし見せてくれる。1は大体5センチ程浮き、2は上下に少し開き隙間からコップ1杯分の水がでる。3は手で影を作ると、淡い光を発生させた。


「言われないと、同じ用途の魔道具の試作品に見えるね」


 あの3箱は、ゲーム上であの棚を調べないと発生しない小ネタのギミックだ。私も出されるまで、忘れていた。それを覚えているとなれば、リティナも相当にやり込んでいる。


「やっぱりそうだよなぁ」


 ロクスウェルはため息を着いて、サンドウィッチを一口食べる。


「彼女は王室付魔法使いのお弟子さんだから、私達より魔力の感知の精度か高いのかも」

「へぇ、リティナさんってそんな凄い人なんだ……それなら、まぁ……」


 いつもはハキハキと話すロクスウェルにしては、歯切れが悪い口調だ。


「他に何かあったの?」

「うーん……なんかさ、先輩たちが計画を立てたり、計算をしている時の目って言うのかな? こっちを見ているけど、明後日の方向に考えているような……リティナさんからは、そんな感じがした」


 今のロクスウェルは、ゲーム上の警戒心が強く、全て突き放す様な彼にはならなかったが、天才とあって問題がついて回っている。先祖返りした特殊な髪色と中性的な容姿から揶揄われ、好奇の目で見られる事が時折ある。その為か、彼は相手をよく見る癖がついた。それは言動だけでなく、表情、身体の癖などを総合して、害ある人か判断をする。感情を抑え表情を作る訓練を受けた生徒や、貴族の子供が表向き良い顔をしているのも看破してしまう程であり、かなりの精度だ。

 処世術ではあるが、独学でその領域に達した彼は流石としか言いようがない。


「悪い人ではないのは分かるけど、何か奥底に抱えているようでさ」

「抱えているって、悩みとか?」

「そんな感じはしなかった。真っすぐだよ」


 攻略候補に会いに行っているが、メインストーリーのクリアはちゃんと目指しているようだ。真っすぐなら、悪事を起こしはしないと信じたい。


「あっ! 魔法使いは、道具を作るらしいよ。参考にしようとしたのかも」

「へぇ。それなら、おかしくないか……」


 ロクスウェルは納得をした様子で、魔道具三つを棚へと戻した。


「そうそう。ミュミュに頼まれていた通信機なんだけど、試作品が出来たよ」

「随分と早いね」

「頼まれる前から、実験してたんだ」


 牙獣の王冠で赤い結晶や魔方陣に錬金術が関与している疑惑もあり、今の技術力でどこまで可能なのか知りたかった。また、大型ダンジョンで今後も二手に分かれて行動を取ることがあると思い、急遽頼んでいた。


「お互いに交信できる範囲はどれ位?」


 ロクスウェルが棚から持って来たのは、縦8センチ横3センチほどの金属の板2枚だ。中央には青緑色の魔鉱石が埋め込まれ、複数の魔方陣が板の全体に焼き付けられている。

 魔力を注いでみると、魔鉱石が淡い光を放つ。動作には問題が無さそうだ。

 これを12歳の子が……やはりロクスウェルは天才だ。


「試した感じ、学園の範囲ならいけるよ」

「えっ、町1つ入る位広い! 凄いよ! これならダンジョンでも使えそうだね」


 心から凄いと思い褒めたが、いつもなら得意げにするが、ロクスウェルは悩まし気に腕を組む。


「どうかな。ここは魔素が一定値だから可能で、段階のあるダンジョンでは難しいと思う」


 ダンジョンの奥地へ行くほど魔素は濃くなっていく。魔素が壁となり、信号を遮断してしまう可能性がある。完成品とならないのは、それが理由だと理解する。


「ダンジョンへ持って行って、試す必要があるね」


 送信と受信の双方がいなければ、通信ができるか分からない。 

 自分で言っておきながら、通信機を出してきたのはその為だと理解をした。


「うん。だから、俺も風森の神殿について行きたい」


 ロクスウェルは頷いて、もう一つの通信機を見る。


「大型ダンジョン行くなんて滅多に無いし、広い範囲で試験できる絶好の機会だからさ。俺は出入り口にあるバンガロー内で待機して、ミュミュからの受信を待つ。それなら、いいだろ?」

「うん。リティナさんに頼めば……なんとかなる、かも」


 攻略候補と近づけるチャンス、とリティナは断らないだろう。

 まさかの攻略候補2人と主人公、そして本来なら彼女のライバルになる公爵令嬢のパーティ。本当に何も問題なく、薬草の採取が終わって欲しいと切に願うばかりだ。

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