69話 夕焼けの空に小さな妖精

 夕焼けが続いている。


「ボクが来た時や、アーダインの調査資料にはこんな現象なかったよ」

「妖精の仕業ですね。お嬢様の資質を感じ取って、ちょっかいを掛けているのでしょう」

「えー。なんで?」

「さぁ? 人間の感性や価値観のズレはあって当然の存在なので、知りません」


 地面に座りながら薬草と根野菜のスープを飲むアンジェラさんと、焼いた鳥の魔物肉を食べるリュカオン。


「キュ」

「グランギア様。これで6杯目です。食べ過ぎは宜しくないかと」

「グー!」


 鍋の番をしつつ立ってパンを食べていたニアギスと、お代わりを催促するグラン。

 そして、何故か一人だけイスとテーブルで食事をしている私。

 大人3人とグランが動揺を一切見せず、私もつられるように落ち着いている。


「狩猟が出来たって事は、外部からは侵入できるのかな」

「もしくは、妖精が選んで入れているでしょうね。私達は出られない様にしているようです。王冠の南東の一角を目指し真っ直ぐに歩きましたが、小屋へと戻ってきてしまいました」

「やっかいだなぁ」


 アンジェラさんとリュカオンは時間の経過とともに気付き、料理の支度をしつつ、周囲を偵察。ニアギスはきっちり2時間で起床できるように、魔術で針の痛み程度の衝撃を自らに与える様にしていたらしく、この異変にも即座に気づいていたが冷静そのものだ。

 私は杖の異常や魔術の試し打ちに集中していて、気づいたのは食事が出来た頃だった。


「リュカオン殿。妖精の仕業であれば、どうすれば解除できますか?」

「この地に生息している妖精であれば、本体を封じるか攻撃するかが手っ取り早いですね。退けても性懲りもなく繰り返されるでしょうから」


 なんだかリュカオンにしては、ちょっと棘がある発言だ。レフィードを見た時には、人間相手と変わらなかった。リュカオンの母親が亜人ではなく本来の妖精なら、見捨てた相手に良い感情を持っていないのかもしれない。


「誘い出すの?」

「煽ります」

「あお……え?」


 妖精が逆上しないか心配な発言。


「私達を困らせ、戸惑う姿を見たいのであれば、逆に落ち着いて行動すれば、思い通りにならない事に対して腹を立てます。そして、もっと怖い現象を起こそうとするでしょう。その発生源を狙って、攻撃をします。ニアギス殿に閉じ込めて貰うのも、手でしょう」

「お嬢様の隣人に頼むのは如何でしょうか?」


 さらりとニアギスに言われ、私は肩を震わせるほどに驚いた。


「し、知っていたの?」

「はい。自称空間魔術によって適切かつ安全に展開できるよう、周囲の魔素に対して感知する能力を鍛えてまいりました。どの様な方かまで分かりませんが、存在していると気づいていました」


 ニアギス自身は〈そこに何かいる〉と目線を向け、レフィードは気づかれて視線があった様に思えた。さらに空間魔術と言うチートや規格外みたいな術を操れる魔力量を持った人なので、人間か疑問視されても仕方がない。


「レフィード。出てきて?」

『……分かった』


 ふわりと私の隣へとレフィードが現れる。ニアギスは特に驚く様子は無く、互いに軽く自己紹介を交わした。


『うん……これは、アンジェラの結界魔術の上へ覆い被さる様に作り出した夕焼けだ。ここを出れば夜になっているが、範囲外へ出ない様に人の認知機能を歪ませているようだ。そこまで害はない所を見ると、結界の強化を行ったと考えられる』


 周囲を観察した後、レフィードは赤い太陽を指し示す。


『妖精の気配は、あの窓からだ』

「わかりました」

「えっ」


 作戦を練ろうかと思ったが、リュカオンが即座に落ちていた石を思い切り太陽の方向へと投げた。


『ぎゃあ!?』


 見事に的中し、女の子の様な高めの声が聞こえた。

 赤い太陽から小さな影がずり落ちていく。思わず立ち上がったが、いつの間にか落下地点にいたグランが見事にキャッチしてくれた。


『なによ! 痛いじゃない! アタシはあんた達の為にやったのに!』


 鈴の様な愛らしい声で怒りながら、妖精はリュカオンを睨む。

 グランよりもさらに小さな体だが、女性の様なくびれがある。背中からは鳥の様な翼、頭からは蝶の様な触角を生やしている。翼と髪は同じく緑色。瞳は猫を思わせる丸い瞳孔をしている。本の挿絵に登場しそうな妖精そのものだ。


『感謝しなさいよ!』

「説明も無しに閉じ込めておきながら、感謝しろとは図々しいな」


 物凄い切り返しをするリュカオンに、私とアンジェラさんが驚いて思わず彼を見た。


『だって、めんどくさいもん!』


 グランの手のひらから飛び立ち、頬を膨らませる妖精。それに対して、リュカオンは私ですら見た事が無い位に冷ややかな目をしている。


「あなた達妖精は独り善がり、相手へ説明なしの割に語り好き、周囲を巻き込む癖に己の行動に酔う傾向がある」

『うっ』

「ちょっとは人間や混血相手へ配慮してくれないか。協力には、説明が必要だ。一方的だから嫌われて、警告や戒めの材料とされ、手を貸してもらえず、人間の歴史から消されるんだ」


 次から次へと相手に刺さる発言をするリュカオンには驚きだが、木精の行動を思い返すと同意してしまう部分があるので私は黙ってしまう。今にして考えると、リュカオンに突っつかれるのが面倒だから、私をシュクラジャに連れ去る様に頼んだように思えてきた。


『……そこは反省する』


 妖精自身も思い当たる点があるらしく、とても素直だ。


「それで、若い妖精が1人で5人を囲った理由を教えてくれないか?」


 少し声音を優しくしてリュカオンが問いかけると、妖精は泣きそうな顔から一変して決意の表情を見せる。


『こ、ここ最近、人間の〈聖域〉近くで夜に変な生き物が出てくるの。夜行性の動物や魔物は昔から住んでいるけれど、それとは別。なんだか、黒くて赤くて、ドロドロで時々ボコボコ泡を出して……あれは、アタシだけでは触れられないし、星の民は地震を抑える〈地治め〉の役割で精一杯だから、誰か人間に頼んで、どうにかしたくて』

「負の想念による不浄物が生成さたと?」

『アタシも最初はそう思った。でも、負の想念の集合体は、相当な量が無いとできないじゃない? この地は戦争に巻き込まれたり、人間の墓場になっていた過去はないから、そこまで溜まる様な原因が分からないのよ』

『現在牙獣の王冠に溜まる負の想念は、食物連鎖で発生する少量があるのみだ。ここは遺物が置かれても早い段階から浄化が執り行われている。蓋をされていた形跡がかなり薄くなっている。漏れ出さず、周囲の鉱山に影響が全く出てはいないのが、その証拠だ』


 泥や液体になれるのなら、結晶になるのも当然だ。火属性とはまた違う赤系の鉱物なのだろう。それが赤い泥や毒薬の様に、増強の代償に人を狂わせる性質があっては一大事だ。陛下からの褒美として、アーダイン公爵の領地にある鉱山の所有権をレンリオス家に贈られたが、その様な話はこの4年間一切聞いていない。シャーナ達からこっそりと聞いた事も無く、レフィードと妖精の言うように、そこまで負の想念はこの地に溜まってはいないのは確かだ。


『そうなの? 最近は、魔物に取り憑いて暴れる奴も出て来たし、本当にいい迷惑よ。あいつらは夜の領域で誰かに憑いて、昼に動き回るの。あんた達が憑かれないよう夕方に閉じ込めたのよ』

「ねぇ、その取り憑かれた魔物ってどこにいるの?」


 黙って聞いていたアンジェラさんが妖精に質問をする。


『食って食われて、出て来てまた取り憑いてだから、毎日違うから調べないと分からないわ』

「宿主を変えて、蓄積されていく一方なんだね。まるで寄生虫の生態と蟲毒を合わせたみたいだ」


 寄生虫の中に、食物連鎖を利用した種がいる。

 代表的なものに、ハリガネムシがいる。孵化した幼生がカゲロウなどの水生昆虫に侵入し、カマキリやカマドウマに宿主が捕食され、さらにその体内で成体となる。成体となれば宿主を操り、水辺に飛び込ませ、体外へと脱出し交尾、産卵を行う。

 次に、閉鎖された空間で共食いを重ね、最後に生き残ったものを祀る〈蟲毒〉

 本来は、ムカデや蛇、カエル等の小さな生き物が使用される。

 蟲毒によって祀るモノとなった存在の毒を採取し、飲食物に混ぜ、人に危害を与える。毒の症状は様々であるが、大抵の人間が死ぬほど強力だ。その強さから魔術の材料にされ、中には思い通りに福や富を得ようと図った者もいたと本で読んだ記憶がある。

 食物連鎖を利用し、微々たる量である負の想念を集める為に宿主を操り、時に脱出し、新たな宿主へ侵入し、一つとなり頂点となる強力な毒性を持つまで繰り返す。

 閉鎖されたに等しい魔素が満ちる森。そこで繁殖期、冬ごもりの為の食糧確保、魔物達が忙しなく動き集まる時期を狙うなんて、負の想念だけで出来るようには思えず疑問が残る。

 池や沼に外来種を放つマナー違反の釣り人の様に、誰かが負の想念を集めるスライムの様な何かを牙獣の王冠へ落としたように思える。


「魔物がかなり活発だし、協力はしたいけどさ」


 魔物の為なら、とすぐ行動しそうなアンジェラさんだが、至って冷静だ。


『何かしら?』

「ボク達は風森の神殿に行った経験があって、その時にミューゼリアちゃんを魔物と妖精に連れ去れたんだ。目的達成で無事に帰してもらえたけれど、子供を危険な目に遭わされた事実は変わらない。前例があるから、話だけではすぐ信用できない。ボクとリュカオンで一度それを確認させてもらえる?」


 調査へ気持ちが向き始めていた私は、頭が冷えた。シャーナさんの時も、風森の神殿の時も、危険な状況があった。皆に助けてもらったが、魔物相手では何かあるか分からない。グランの力で対面の遭遇を回避できても、倒木や落石などの攻撃被害に遭うリスクは充分ある。私を守ろうとして、リュカオン達が怪我をするリスクだって充分にあるんだ。

 闇雲に聖域付近へ行かず、慎重に行動する事が今最も重要だ。


『それって年寄りの仕業ね。人間の赤子をすり替えたり、ダサい事やるやつの尻拭いさせられるのは嫌だけど……そうしてちょうだい。前回目撃したところまで、案内するわ』

「迷子にさせたりしないよね?」

『するわけないじゃない! 私は責任感と使命感のつよーい妖精なんだから!』


 妖精は腰に手を当て、自信満々と言った様子で言う。リュカオンが何か言いたそうな顔を一瞬した。


「リュカオンは、それで良いかな?」

「はい。それが最善だと思います」


 リュカオンは、妖精と一緒に行動するのが嫌と言った様子は見せず、アンジェラさんに同意した。


「ミューゼリアちゃんは、3人と一緒にいるんだよ」

「はい。グランが居なくても、大丈夫ですか?」

『それなら大丈夫よ。星の愛子ほどではないけど、魔物達を避けさせる魔法は私も使えるわ』


 妖精は得意げに言う。

 一晩で確認を終えられる見込みは少ないが、リュカオンとアンジェラさんは支度を終えると、妖精と一緒に〈夕焼け〉の外へと出て行った。

 私はグランとニアギス、そしてレフィードの三人と一緒に、この結界の中で待機する。

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