68話 杖たちの勝手な行動

「ん? あれ?」


 気が付くと、私はベッドの中にいた。


『ベッドへ倒れた後、そのまま眠ってしまったんだ』


 レフィードが椅子に座って、地図を見ていた。

 そうだった、と私は思い返す。

 アンジェラさんが常時発動させている結界魔術とグランのお陰で、一切被害が無かったが、魔物が近距離に居たのでずっと緊張していた。ようやく落ち着けると思い、開放感に解放感に浸りながらリュックを背負ったままベッドへ倒れ込んだ。


「寝かせてくれて、ありがとう」

『どういたしまして』


 レフィードが、私の背負っていたリュックを降ろし、鞘を外してくれた様だ。テーブルの上には、柔らかな光を灯す魔鉱石のランタンと、リュックや鞘に入った千年樹の杖が置いてある。


「今のうちに杖の手入れをしようかな」


 そこまで時間が経っていないのか、ガラスが再生された窓から見える空はまだ赤みがある。

 私はベッドから立ち上がり、テーブルの上に置かれたリュックの中から柔らかい布を取り出し、鞘から杖を引き抜いた。


「え?」

『ん?』


 私とレフィードは目を丸くし、杖を凝視する。


『これは……朝焼けの杖か?』

「う、うん。見た感じは、そうだけど……」


 まるで木に絡まる蔦植物の様に、千年樹の杖に朝焼けの杖が絡みついている。絡みきれずに余った部分はまるで剣の柄の様に、握りの少し上で丸くなっている。

 軽く引っ張ってみるが取り外せる気配はなく、上下にずらそうとしても全く動かない。完全に吸着している。


「あ! 箱!」


 リュックの中から急いで朝焼けの杖が入っていた箱を取り出し、鍵を開けて蓋を開くが、中は空だ。


「え? ええ? どうやって箱から出たの? それに、千年樹の杖だって今日は一度も取り出していないし……」


 混乱する私はレフィードを見るが、こちらも目を丸くしている。


『全く気配が無かった。いや、遺物や精霊の影響で気づけなかったのか? この地の力に中てられ、杖に眠っていた意思が目覚め、魔法使いの資質があるミューゼリアの杖の一部となった……?』

「ど、ど、どうしよう。陛下に謝罪すべき?」

『い、いや……朝焼けの杖は君のものだ。責任を感じる必要は無い、はずだ』

「う、うん。そうだけど……」


 予想外の展開に2人で戸惑っている。

 とりあえず杖の気配を探ってみるが、特に変わった様子は無く、落ち着いている。


『! リュカオンの方が、人間の作った物に対する知識が多いのではないだろうか?』


 レフィードがハッと閃いた様子で提案をし、私も同じ考えに至る。


「あ! そうだね!」


 精霊王の記憶は800年前のもの。魔法使いから魔術師へと人の波が移動したことで、得られなかった知識が積もりに積もっている。

 リュカオン本人はあまり口にしたがらないが、800年前以降の知識は一番持っている。この現象についても、何か知っているかもしれない。


「ニアギスにも、空間魔術で杖がどんな状態か見てもらおう」


 私は外へと出た。

 外では、丈夫そうな木の枝を組んで三脚に吊るされた鍋が焚火に掛けられている。おいしそうな香りに、少しだけ心が落ち着いた。


「あれ? まだ食事できていないから、休んでいても良いんだよ?」


 薄暗い森の中から、魔鉱石のランタン片手に薪となる枝を持って来たアンジェラさんは、私に気づき歩み寄って来るが、杖に気づいて足を止める。


「え? どうしたの?」

「鞘から取り出したら、こんな事に……」


 情けない顔をしていたのか、再び歩み寄ってくれたアンジェラさんは薪を地面に降ろすと、私の頭を撫でる。


「驚いてごめんね。穢れや呪いの類は感じられないし、ミューゼリアちゃんの魔力とも馴染んでいるから、大丈夫だよ。不安だったら、魔術を一つ試しに出してみたらどうかな?」

「はい。やってみます」


 薪用の枝を一本貰い、火を灯してみる事にする。

 魔力を杖へと注ぎながら、詠唱文を唱える。攻撃ではないので、詠唱文はかなり短いもので済み、特に問題なく枝の先に小さな火が灯った。

 魔力の消費量や使った感覚は、千年樹単体の杖であった時と変わりない。魔力を注いで変形するはずの朝焼けの杖は絡まったままだ。


「問題ない気がする」

『無いな。魔力の乱れの様なものは、こちらも感じなかった』


 姿を隠したレフィードも私と同じ意見だ。

 枝に灯った火を見つつ考えていると、晩御飯のメインになると思われる鳥の魔物を狩って来たリュカオンが戻って来た。

 獲物の調理をアンジェラさんに任せ、私はリュカオンに杖を見てもらう。


「うん。杖として、特に問題はありませんね」


 リュカオンは右手にランタンを持ちながら、左手に持った私の杖を念入り念入りに観察をする。


「木の分類ではあるけれど、別の素材同士が交わっていて大丈夫なの?」

「複数の素材が使われるのは、よくある事です。剣は、握りと刃の部分で鉱石の配合が違うだけでなく、全く別の素材が使われる場合もあります。弱い部分を補う為、使い勝手を良くする為、趣向、流行、様々な理由で違う素材が掛け合わせられますので、問題ありません」


 きっぱりと言うリュカオンに気づかされ、納得した。灯台下暗し、と言う位にすっかり忘れていた。

 鍬やスコップは、鉄と木材で組み合わされているのが一般的で、素材が複数あるのはおかしい事ではない。

 思い返せば、主人公のリティナのクラフトスキルで作る杖も、3種類の木材を必要とする種類があった。力を秘めているがいわく付き、性質が強すぎて扱いにくい等、木にも個性があるとレフィードから教わった。

 リュカオンの言うように、補いながら道具の使い勝手を良くする為には、至極当然のことだ。


「朝焼けの杖の大胆な行動には驚きますが、千年樹がとても落ち着いていますから、このままでも大丈夫ですよ。相当お嬢様を気に入ったのでしょうね」

「ほ、本当に? 突然不機嫌になって、魔術を暴発させたりしない?」


 そう言ってもらえて嬉しい反面、何かあってからでは遅いと思い、念のため聞いた。


「朝焼けの杖は普段は眠っているようです。常日頃は、千年樹がお嬢様に力を貸しますので、その様な事態にはなりませんよ」


 先程魔術を使った際にレフィード共に問題無いと思ったのは、それが理由だったのか。

 2人から〈大丈夫〉のお墨付きをもらい、私はようやく安心する。


「リュカは物知りだね」

「年の功ですよ」


 どこか寂し気に微笑んだように見えたのは、ランタンの灯りのせいだろうか。


「魔術はお試しになりましたか? 千年樹がいつも通り力を貸してくれていても、何か癖や傾向が変わっている可能性がありますので、確認をするのをオススメします」

「そうだね。さっき火属性をやってみたから、他の属性を試してみるよ」


 杖を返してもらい、小さな土の山を作り出し、そこに拳ほどの大きさをした水の塊を落としてみたりと、詠唱文が少なく、攻撃ではない軽い魔術を発動させてみる。

 今は特に変化なし。魔力の消費量や規模が小さすぎるせいかもしれない。風属性を発動させ終わったら、ひと回り大きくしてみよう。


「あ、ニアギス」


 風属性の詠唱文を唱えようとした時、小屋の中からニアギスと左足にしがみついたままのグランが出てきた。


「キュ~」


 ニアギスが、左足を思いっきりブンブンと前へ後ろへと動かした。グランが落ちてしまうと思い、私は慌てて駆け寄った。


「ミュ!」

「え? うん。おは……あ、こんばんは」

「フンニ!」


 特に問題なさそうに、私を見て片手を上げるグラン。ズボンには皺が刻み込まれ、グランが長時間を足にしがみ付き、離さなかったのか物語っている。


「グラン。離れなかったんだね」

「はい。何をしても、ずっとこの状態でした」

「休まなかったの?」

「これではベッドへ横になれませんので、座ったまま仮眠を取りました」

「そ、そっか……」


 背筋がきちっと伸びた状態でベッドに座るニアギスを想像した。そこにグランが足にしがみついていて、何とも言えないシュールさを醸し出している。


「えーと……グラン。もう直ぐでご飯できるよ」

「フニ!」


 グランに呼びかけてみると、即座にニアギスの足から離れ、鍋のある方へと駆け足で向かう。梃子でも動かない様子だったグランがあっさりと離れ、私とニアギスはその後姿を呆然と眺める。


「……欲望に忠実な方ですね」

「う、うん。そうだね」


 ニアギスの空間魔術で杖の状態を見て貰ったところ、完全に接着しているらしい。無理に離そうとすれば杖自体が折れてしまうので、このまま様子を見る事を勧められた。

 朝焼けの杖の木の性質や得意な魔術、どうして気に入ってもらえたのか知りたいが、リュカオンの言っていた通り眠っていて、心の中で呼びかけても全く反応が無い。

 安全だとわかり安心はしたが、突然の出来事にまだ飲み込み切れていない。時間が経てば慣れると信じて、中断をしていた風属性の魔術を使ってみる事にした。

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