62話 銀狐の男

 身長はアーダイン公爵とほぼ同じ。ゼノスさんより若干高く見えるので、185㎝辺りだろう。真っすぐと伸びた背筋に、隙が一切なく綺麗な動きと立ち居振る舞い。紺色のスーツ姿に白い手袋と革靴。青みがかった銀色の髪をオールバックにきっちりと整えられている。血色が無いに等しい白い肌、整った綺麗な顔には張り付いたような笑顔を浮かべ、細められた切れ長の青い目が見え隠れする。

 お茶会で何度か訪問させてもらったアーダイン公爵の屋敷で、温室や客室へ案内してくれた使用人の男性だ。


「な、何をやっているのですか! この様な真似をして許されると思っているのですか!?」


 店員の女は驚き声を上げるが、男性は平然としている。表情が一切変わらない。


「どこの誰に雇われたか存じませんが、私の最優先事項はレンリオス子爵令嬢をお守りする事。それ相応の行動を取っていると判断し、対処させていただいた次第です」


 笑顔を浮かべながら淡々とした声音で言うと、何かを床へと落とした。

 金属製の手錠と足枷だ。


「え? こんなもの、どうして……ま、まさか、店の裏に居た彼が隠し持っていたの……?」


 女性は訳が分からない、と言った様子で困惑し、救いを求める様に私達の方を向いた。


「先ほど、店主様とご家族を保護しました」


 男性がそう告げた瞬間、リュカオンが私を抱き抱えて出入り口のドアを蹴り破って外へ出た。即座にゼノスさんも動き、私達の後を追って出てきた。


「あの店は家族で経営され、奥様や私と面識があります」


 蹴り飛ばされたであろう倒れる男は〈家族〉ではない。織物等の業者の可能性もありリュカオンは警戒に留めていたが、男性の発言が決定打となった。

 女性は、家族の誰かが病気や怪我で店番が出来ず、臨時で雇われた人ではない。

 ならば、あの人達は誰なのか。


「お嬢様は馬車の中へ」


 リュカオンの指示で私は急いで馬車の中に隠れ、様子を窺う。

 男も女も、あの客2人も店の外へと飛ばされ、石畳の道へと倒れ込む。周囲を歩いていた人々は驚き、悲鳴を上げる人もいたが、駆け付けた警備隊10名はやけに冷静だ。


「た、助けてください! あの男が私達に暴力を」


 痛みに耐えながら起き上がり、涙声の店員の女は、警備隊に助けを求める。しかし彼らの眼差しは鋭く、敵意と警戒の色が見える。隊員の一人が女性に目もくれずに店の中へと入る。


「ちょ、ちょっと! 勝手に中へ入らないでください!」


 女が慌てて立ち上がろうとするが、男性がそれを制止する。一瞬だったが、女の動きが軽快に見えた。投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた一般人にしては、回復が早い。


「彼らを呼んだのは私ですよ。あなたは止める資格はございません」

「なっ……どうして、そんな」

「俺達は暴力を振るわれ、縄で縛り上げられていました! こちらの男性は店の異変に気付き、助けてくださいました!」


 女の言葉を遮り、隊員に連れられて出てきた店主らしき男性が声を上げる。店主の後ろには、5歳ほどの女の子や杖をついた老人がいる。傍観者たちは大きく騒めく。


「店主様とご家族の証言がございます。長らく付き合いのある業者の方々も不審に思い、警備隊に通報されています。詰めが甘かったですね」

「くっそ……!」


 女性は隠し持っていたナイフで男性を切りつけようとした。

 しかし、男性は即座に女の細い手首を掴み、地面へと捻じ伏せた。


「動かない様に。貴女のお仲間も、既に私の魔術に掛かり拘束されています。少しでも動けば、四肢を失います」

「脅したところで」

「そんな陳腐なものではございませんよ」


 まるで他愛ない会話のように自然と躊躇いなく発せられた言葉に、女は倒れている3人を見た。


「御一人、試して差し上げましょうか?」


 彼らは一向に動かず、声すら発していない。女は青ざめ、顔を引きつらせ、ナイフを地面に置き、抵抗しないと無言で意思表示をする。


「お嬢様の前です。これ以上はおやめください」


 男性の魔術を何かしら感知してか、リュカオンがかなり警戒をしている。彼の意見に賛成する為に、私は首を振った。


「かしこまりました」


 足先から指先、頭の天辺まで、まるでお手本の様に美しく洗練された動作で男性は深々と頭を下げる。先程の問いかけが私に対してのものに思え、内心震える。


『なぁ、ミューゼリア。彼は、人間か?』

(珍しい髪色だけれど、シャーナさんやロクスウェルを思うと別に不思議では無いし、公爵家の使用人なら中には凄腕の人もいると思う)


 レフィードの問いかけに私は頭の中で答え、改めて男性を見る。どこか人間離れはしている印象だが、ロクスウェル同様に隔世遺伝の様に思える。


『初めて会った時から、私の存在に気づいている。アーダイン公爵やアンジェラの様に勘が鋭く、薄々気づく人はいたが彼は即座に見抜いた。私と度々目を合わせ、無言で笑っていた』

(え?! なんで言ってくれなかったの?)

『君の楽しみを邪魔したくは無かった。彼は誰にも言った様子は一切なく、私に関わろうともして来なかったんだ』


 レフィードがそう思っているだけで、相手は全く気付いていない可能性もあるが、アンジェラさんの前例もあるので、こちらからは何とも言い難い。

 考えている内に、警備隊員7人が誘拐犯らしき4人を拘束し、留置所へと連れて行った。残った警備隊員の内2人は室内の調査、残る1人が店主一家と私達に事情聴取を行った。

 レンリオス領は以前に比べて他の貴族が訪れるようになったが、狩猟祭の手前と言う事もあり年頃の子供や若者がいる一族は観光に来ない。


「動きの隙の多さと詰めの甘さからして、捨て駒ですね。拷問したところで、有益な情報は出てこないでしょう」


 これは男性の言う通りだ。店の裏方に客を入れようとした行動や、わざわざ〈貴族の令嬢〉と言った事を思い返すと、うまく役を演じきれていない。裏の組織のプロではない。報酬の為に強行しようとした無法者の様に思える。


「他の町や領地でも誘拐事件が起きているかもしれません。念の為、調べてはいただけませんか?」


 周囲の伯爵や子爵の領地には大きな街がある。何かあってはいけないと、警備隊にお願いをした。


「了解いたしました。連絡を取り合い、調査をさせていただきます」


 警備隊員は深々と頭を下げ、了承をしてくれた。

 事情聴取を終えて、私は馬車へと男性を招き入れ、屋敷に帰ることにした。店主一家には、店内の調査があるのでホテルを手配してもらい、しばらくそちらで過ごしてもらえるようにお願いをした。


「アーダイン公爵様の命により、案内役兼護衛として配属されました銀狐が1人ニアギスと申します」


 馬車で移動中、ニアギスさんは私に対して左手を胸に当てながら挨拶をする。

 銀狐とは、公爵当主だけの命令で動く少数精鋭部隊、とシャーナさんに教えてもらった。普段は使用人として当主の身の回りの世話と護衛を務め、命令があれば極秘に裏で動く。ゲーム上で登場しなかったのは、アーダイン公爵は反対派だったが妨害を企てる人ではなかった事や、その役目からシャーナさんの命令を一切聞かなかったからだろう。

 張り付いた笑顔の奥で何を考えているか分からないが、主の命令に絶対であり、裏切らないと保証が付いている以上は、信頼できる。


「お久しぶりです。このような形で再会するとは思いませんでした」

「はい。私も、護衛として役割を頂いた時にはとても驚きました。誠心誠意、お嬢様をお守りいたします」


 許可が下りて以降、アーダイン公爵と牙獣の王冠へ行く日程について、連絡を取り合っていた。本来は明日の昼に銀狐の人と会う予定だった。予想外の出会いであるが、顔見知りの人が来てくれて少し安心した。


「ニアギスさんは何故、あの場にいらしたのですか?」


 私の問いかけに、ニアギスさんは説明をしてくれた。

ニアギスさんは一日早く町へ到着するように予定を組んでいた。私が暮らしている環境を見て回ろうと町と考えていたからだ。町に着いて一時間経った頃、周囲を妙に気にする男を見かけた。薬物密輸等の犯行であればレンリオス子爵に報告しようと考え、尾行したところ、彼が住宅兼店舗へと入って行った。聞き耳を立てると、子供の啜り泣く声が聞こえた。警備隊に報告に行き、監視する為再度訪れたところ、レンリオス子爵令嬢一行が入店するのを見掛けた。お嬢様の身に何かあってはいけないと思い、裏口から侵入。拘束された店主の御家族を発見し、話を聞いている最中に、男が襲い掛かって来た。


「対処しようとした際に、店内へ投げてしまったのですね」

「はい。子供や老人を人質に捕りかねない状況でしたので、なるべく距離を離そうと魔術を駆使した結果、あのような形になりました」


 脅しなのか本気なのか分からない発言は怖かったが、内容の筋は通っている。私達3人だけなら、裏にいる男に気づけなかった。一家を人質に捕り、私を差し出すように脅迫されていただろう。


「手芸用品店に行かれましたが、お嬢様は狩猟祭に参加されますか?」

「あ、いえ。少し寄り道になってしまいますが、ハンカチだけ渡しに向かおうと考えています。大丈夫でしょうか?」


 予定が少し変わるから、銀狐が来たら聞こうと考えていた。領地が隣とはいえ、狩猟祭の会場と牙獣の王冠では距離がある。1日分の予定が狂うと考えて良いだろう。


「はい。牙獣の王冠の気候は2週間安定している見込みですので、寄り道する時間は充分にございます。シング様も予定のズレは示唆されていました。皆様、承知の上ですのでご安心ください」

「我儘言ってすいません」

「謝らないでください。お嬢様の行動は、将来を見据えての事。誰も咎める方はいませんよ」


 牙獣の王冠の調査は、1週間を予定している。前回と違い、長い期間を予定しているのは、ゲームの記憶からもヒントが全く無いからだ。

 牙獣の王冠のボスは、ヴァーユイシャのような一体ではなく、群れの魔物が沢山出てくる連戦型だ。最後に強い魔物が登場すると見せかけて、大きな地震のせいで主人公も逃げるという特異なバトルだ。この地震が、妖精王の復活が暗示でもある。

 浄化の力を継承している魔物がどの種類なのか分からない以上、1週間の調査も少ないのではないかと不安がある程に情報が少ない。


「今回の誘拐未遂事件の調査結果が出るには、時間が必要です。お嬢様は、狩猟祭と魔物調査に意識を向けましょう」

「そうですね。私は、私のやるべき事を頑張ります」


 私は大きく頷いた。

 帰宅後、お父様に今日起きた事を話し、リュカオンとニアギスさんは何かあった場合に備えて対策を練り始める。

 私は、お母様が予め買ってくれていた刺繍糸の中から色を選び、新品のハンカチへと針を通した。

 明日から3日間は竜車での移動。休憩や寝る前に少しずつ縫い、3枚分完成させなくてはならない。

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