63話 ハンカチを手に

 3日後。狩猟祭の会場に到着した。周囲は森に囲われ、貴族達の待合室となるテントが建ち並び、湖ではボート遊びを楽しむ夫人達と子供の姿が見える。


「水色はどうでしょう?」

「若葉色も可愛いです」

「ピンクよりも赤が良いかしら」


 狩猟祭の会場の一角のテントでシャーナさん、マリリアさん、ディアンナさんの3人が、私のドレスを吟味してくれている。

 シャーナさんは年を追う毎に、綺麗になって行く。守ってあげたくなる儚さを持ちながらも、芯の強さを秘めた瞳は周囲を惹きつける。ゲーム上では見られなかった美しさが、磨かれ続けている。

 会場に着く前にシャーナさんには手紙を送り、ハンカチだけでも渡しに行くと伝えていた。私自身は、彼女の伝で渡してもらおうと思っていた。


「あ! イエローダイヤの髪飾り持って来たかしら?」

「は、はい。ここに……」


 私はテーブルの上に置いたリュックの中から、小さな化粧箱に入ったイエローダイヤの髪飾りを取り出した。以前、シャーナさんにサプライズプレゼントとして頂いた品だ。

 安全祈願のような祈りが込められていたらしく、夏休みに風森の神殿へ行った話をした時には〈今度はちゃんと持って来るように!〉と念を押された。


「まぁ! ミューゼリアさんによくお似合いですね!」

「統一感があった方が良いですよね。ここは黄色のドレスでしょうか」

「あ、あの……どうして皆さんの方が、気合いが入っているのですか……?」


 あれでもない、これでもない、と3人で用意したと思われるドレスの入った箱の山。8歳の時の誕生祭であった出来事を思い出す光景だ。


「気合いが入るのは当然です!」

「そうですよ! 可愛い姿を見せつける数少ない機会です!」

「それに、ミューゼリアが刺繍したハンカチなのだから、本人が渡さないと意味が無いわ」


 シャーナさんの言葉に、2人は何度も頷く。

 狩猟祭の慣習と考えればそれが当然だが、私は参加者とは言い難いので、あまり出しゃばる様な真似はしたくない。ゲームで言えば、着飾っているが背景に溶け込む令嬢位にして欲しい。


「大丈夫です! 私達に任せてください!」


 私の表情が不安がっている様に見えるのか、ディアンナさんが励ましてくれる。

 楽しそうにする3人に口を挟むのは、何だか申し訳ないように思う。ダンジョンの歩き方や魔物の調査で、あまりパーティやお茶会に参加しないから、こういう機会に周囲の貴族に存在をアピールするべきではないか、と考えを変更してみる。

 いや、アピールしたところで、血統を重視する傾向のある貴族には見向きもされないか。昔は出会いや縁談のきっかけに行った方が良いのでは、と思っていたが、年々嫌味を耳にする事が増えている。


「また着替えるので、優しめにお願いします……」

「そうだったわね。凝り過ぎず、見栄え良く、可愛くするわ」


 私の要望にシャーナさんは微笑み、黄色のドレスを手に取る。




 しばらくして、着替えを終えた私はテントから出た。

 まずはハンカチを渡すのは、テントの前でリュカオンと話していた兄様だ。16歳になり、身長は伸び、大人の体格になって来た。親戚から〈デュアスそっくりだ〉と言われる程に顔立ちはお父様に似てきたが、活発な雰囲気は相変わらずだ。


「おー。ミュー……なんか、輝いてるな」


 着飾っている私を見て、兄様が戸惑っている。

 黄色の生地に白の花柄とレースがあしらわれたドレスに、黄色のリボンと共に編み込まれた髪にはイエローダイヤの髪飾りが輝いている。ドレスは見た目よりも着易く、派手過ぎないが見栄えが良く、シャーナさんの見立ては素晴らしいと感心する。


「シャーナさん達に着せてもらったの」

「そっか。姉貴分がいてくれて、良かったな。よく似合ってる!」

「あ、ありがとう」


 私と兄様の仲は相変わらず良いが、シャーナさんを姉貴分呼ばわりはどうかと思う。


「そうだ。ハンカチ。狩猟祭、頑張ってね」

「ありがとう! おっ、前より刺繍が上手くなってる」

「それはそうだよ。何年も練習しているんだから」


 兄様には青い花束の刺繍がされたハンカチを渡した。最初は1個花を刺繍できればと思っていたが、それでは味気ないと思い、花束風のデザインに変えた。花を3つ描き、周りに葉を加えて円状する事で花束に見せる。本当は茎やリボンを入れてよりリアルなデザインにしたかったが、時間が無かった。


「やる事沢山あるっていうのに、刺繍まで練習して凄いよ。ミューの応援に応えられるよう、俺頑張るからな!」


 兄様は爽やかな笑顔を浮かべる。

 裏表なく真っすぐに言葉と好意を向けてくれる姿は、女の子達にモテそうだと思う。何枚貰ったかと聞きたい気持ちはあるが、野暮なので黙っておこう。


「あっ、ミューゼリア! 来てくれたんだ!」

「王国の若き太陽。王太子殿下に挨拶を申し上げます」


 私達を見つけたレーヴァンス殿下がやって来る。私はカーテシーを行い、挨拶を行う。


「僕らの仲だろう? 堅苦しくしなくて良いよ」

「身内だけの集まりなら兎も角、狩猟祭で色んな貴族がいるんだから仕方ないだろ」


 殿下の言葉にすぐさま兄様が、距離を一定に保つように促す。こういう所はしっかりしていると、いつも感心する。

 殿下は16歳になり、徐々に本編の姿に近づいている。大人に近づいたバランスの取れた体つきに、穏やかな青紫色の瞳が印象的だ。表情は明るく、自然体でありながら気品がある。

 ゲーム上の何処か寂しげな表情は一切なく、笑顔が似合う好青年になった。


「イグルドもそう言うかぁ……なんだか、寂しくなってきた」

「周りの貴族がネチネチうるさくて、面倒なんだよ。黙らせてくれたら、気易くしても良いぞ」

「それは余計に面倒事になる。うん。我慢するよ」


 寂しそうな分かり易い演技をした殿下は、全てを魅了しそうな笑顔で言った。なんだか、陛下に似てきた気がする。


「ところで、僕にもハンカチはあるかい?」

「言った傍からそれか」

「あ、はい。もちろん用意させていただきました」


 不服そうな兄様を横目に、私はオレンジ色の花束を刺繍したハンカチを殿下へと渡した。


「ありがとう! 大事に使わせてもらうよ」


 シャーナさんを筆頭に、沢山のハンカチを貰っていると思うが、こうしてお礼を言っていただけるだけで、とても嬉しい。

 周囲の夫人たちの目線が集まっている事に気づいた。兄であるイグルドとの交流は特に気にされないが、殿下となれば話は別だ。


「殿下自らハンカチを催促されるなんて、一体あの令嬢はどなたかしら」

「レンリオス子爵の娘ミューゼリア様ですよ。6年前の事件で、シャーナ公女を助けられた令嬢です。彼女の兄君が殿下の遊び相手ですから、その縁があってのことでしょう」

「まぁ! 〈あの〉ご家庭の……通りで、野花のような方だと思いましたわ」


 母親が小さな村出身の元使用人。身分差を超えた恋愛結婚の事実。

 広い領土を守りながらも閉鎖的な世界で生き、噂とスキャンダルが大好きな貴族にとっては、格好の獲物だ。学園ではシャーナさん達が守ってくれるお陰で、虐めには発展していないが、貴族の子供からの目線は年を重ねるごとに痛くなっていく。全員がそうではないと理解していても、息苦しい。


「ラグニールさんは、どちらにいらっしゃいますか?」


 周囲の目線や言葉を気にしないよう自分に言い聞かせならが、殿下に訊いた。


「彼なら、自分の愛馬の様子を見に行ったよ。神経質な所があるから、祭りの雰囲気にやられて体調を崩していないか心配らしい」

「場所知っているから、俺が案内するよ」

「兄様、ありがとう」

「ラグニールに渡し終えたら、あちらへ行くのだろう? 健闘を祈っているよ」


 手早く別れの挨拶が済むように、と殿下は気遣ってくれる。


「殿下、ありがどうございます。いってきます」


 少し砕けたように言うと、殿下は嬉しそうに笑顔を返してくれた。

 狩猟祭の会場を把握している兄様に案内してもらい、私は王室のテント近くまでやって来た。馬駐用のテントの下に、ラグニールさんがいる。彼は栗毛の愛馬の頭を撫でながら、落ち着かせる為か何か声を掛けていた。


「それじゃ、俺はリュカのところで待ってるからな」

「うん。ありがとう」


 兄様は少し離れた場所で待機しているリュカオンの元へ行った。


「ラグニールさん」


 私は静かに声を掛けた。


「ミューゼリアさん?」


 急に動いては馬が驚いてしまう為ラグニールさんは、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 17歳になったラグニールさんは大人と変わらない身長になり、亜麻色の髪を少し伸ばし結うようになった。立ち居振る舞いはより洗練され、ほとんどゲーム上のラグニールさんと変わりがない。違うとすれば、表情と声がいつも優しく穏やかな所だろう。


「欠席だと聞いていたのに、どうしたんだい?」

「せめて、ハンカチだけでも渡せたらと思い、来ました。受け取っていただけますか?」

「わざわざその為に……もちろん頂くよ。ありがとう」


 黄色の花束を刺繍したハンカチをラグニールさんは受け取ると、とても丁寧に扱ってくれる。


「ドレスが良く似合っているよ。とても綺麗だ」

「あ、ありがとう……ございます……」


 静かに目を綻ばせ微笑むラグニールさんの褒め言葉に、照れてしまい顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

 殿下の乳兄弟で、その優秀さから将来が約束され、見た目も格好良い。世間の令嬢から見れば、ラグニールさんはかなりの良物件だ。ゲーム上と違う優しい紳士である今なら、さぞモテる事だろう。今も変わらず仲良くしてくれるのが不思議であり、どこか遠くの人の様に思えてしまう時がある。


「私からも、これを」


 上着の裏にある胸ポケットから、何かを取り出した。私に差し出してくれたのは、小さな木製のペンダントトップだ。


「もし来てくれたら、渡そうと思っていたんだ。また危ない所へ行くと聞いていたから、その……貴女の誕生日ではないが、受け取ってもらえるだろうか?」


 レンリオスの領の地域一帯では、誕生日にその人の安全や健康を祈って木彫りのブローチなどの身に着けられる品を送る風習がある。

 ラグニールさんも、私が牙獣の王冠へ行くのを知っている。きっと以前の事があって、心配してくださっているのだろう。


「ありがとうございます! 怪我をしないように、気を付けますね!」


 私は笑顔でそう言って、受け取ったペンダントトップを落とさない様に両手で包んだ。

小さなコイン程の木の丸い板の中に、花の彫刻が施されている。花弁1枚1枚だけでなく、雌しべと雄しべ、蕾のがくの部分まで、しっかりと彫られ、職人のこだわりが垣間見える。


「とても綺麗ですね」

「私が作ったんだ」

「えっ!? 凄くお上手です。職人も顔負けの腕前ですね」


 ゲームとは違う道を歩んだ結果、彫刻が趣味になったのだろうか。何度も練習を重ね、培われた技術だ。これで食べて行けると確信させる程の才能に、私は感心してしまう。


「ラグニール。おま」

「殿下」


 ラグニールさんは私の背後から現れた殿下の言葉を遮った。


「な、なんだよ。ちゃんと渡せたか気になって来ちゃったんだ」

「ミューゼリアさんが驚いています。せめて仲の良い間柄の方の前では、気配を消すのを辞めてください」

「あっ。それは、すまない」

「い、いえ……」


 驚いて固まってしまった私を見て、突如再登場した殿下は謝罪してくれた。アンジェラさんは一回で終わってくれて良かったが、殿下は時折発動している。彼にとって気配を消すのは体に染みついた癖だろう。ゲームでも時々、突然現れてリティナを助けるシーンがあり格好良いと思ったが、何気ない日常の中でやられては心臓に悪い。


「で・ん・か」


 シャーナさんが何故か急いでやって来た。遠巻きにニアギスさんとリュカオン、兄様がいる。兄様はラグニールさんとシャーナさんに任せて、見守ることにした様だ。


「ん? シャーナ。どうしたんだい?」


 不思議そうにしながら、殿下はシャーナさんを見る。接し方がどこか柔らかく、2人ともとても仲が良さそうだ。


「こちらにいらしてください。さぁ、さぁ」

「わかった。行くよ」


 せかす理由が思いつかない様子の殿下は素直に言う事を聞いて、シャーナさんと一緒にこの場を離れた。


「……えっと……何かあったのでしょうか?」

「何だろうね」


 ラグニールさんも分からない様子で苦笑している。開会式までは、まだ時間の余裕がある筈なので、急ぐ必要はないはずだ。


「私、そろそろ行きますね」


 目的は達成できたので、狩猟祭の会場から出る事にした。

 現地にいるアンジェラさんは遅れるのを見越してはくれているが、早めに移動を開始した方が良い。


「いってらっしゃい。無事に、帰って来るんだよ」

「はい! いってきます! ラグニールさんも怪我に気を付けてくださいね」


 私は兄様の元へと行き、着替えの置いてあるテントへと戻った。

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