60話 少しずつ変化し、成長する
3か月後、風森の神殿の調査結果について、アンジェラさんから教えてもらった。
老緑のヴァーユイシャが飛来した事で、スィヤクツの幾つかのグループが深層から移動した。最初は皆が中層に居たが、成熟したグループは留まり様子見を持続、若いグループは外層へと移動した。その時期が丁度林間学校の日と重なり、生徒の中に赤い毒薬を服用した子がいた。その子は食後に飲むために、夕食を作る時間帯に小瓶をポケットに隠し持っていた。血の匂いに敏感である肉食獣の中で、スィヤクツの若いグループが嗅ぎつけてしまい、負の想念に対する免疫が薄かった結果凶暴化。魔力を持った生徒を襲おうとし、兵士達に倒された。シュクラジャやガルトラジャの凶暴化や健康被害が見受けられないのは、ただあてられただけのスィヤクツ達を捕食した為だ。
また、私達と一緒に調査をしていた部隊にも、赤い毒薬の入った小瓶を持った隊員がいた。前回と違いスィヤクツ達が現れなかったのは、経験から残ったグループがガルドラジャ達だけでなく人間に警戒をし、深層に戻ったからだとアンジェラさんは結論付けた。雷竜の血から生成された毒薬に関しては、流通元が他国から来ている可能性があり、彼らの治療を含めて国に任せる事となった。
私達が調査をした1ヵ月後にヴァーユイシャの群れが風森の神殿へ飛来したが、毒薬さえなければ静かなもの。竜達に気をつけつつ、木こりや狩人達の生業が再開されたが、荷物検査が義務付けられた。
そして、4年間。大きな問題は生じなかったが、様々な変化と成長があった。
お父様の格闘技術とリュカオンの剣術はある程度は出来るようになった。魔力量も少しずつ伸び、4年前がマグカップ一杯分なら今は一樽分だ。レベルで言えば、一般兵の中で上位くらいだろう。物語の主人公の様な華々しい強さや実力は一切ないが、地に足が付いている感じがして安心する。突然目覚めた力を扱いきれずに物を破壊なんて日には、協力してくれる両親やリュカオン達に申し訳ない。私の性格には、これが一番合っている。
お父様は、男爵から子爵になった。私が12歳の誕生日を迎えた翌週、お父様と共に王都へと向かい、陛下から私は国宝である〈朝焼けの杖〉を賜り、お父様には新たな爵位が与えられたのだ。11歳の時、人工発芽したシャンティスの種の採取に成功し、領地の一角で施設を建設して市場に出る為の栽培が開始された。そして翌年に初めて市場に100本のシャンティスが出された。野生と違いすりガラスの様な見た目は観賞用としては劣るが、誕生祭での事件から薬としての効能が立証されている。病気に悩む多くの人々を救えると陛下はこの功績を評価した為だ。人工発芽は私とレフィード、その後はアーダイン公爵家の魔術師と共同で研究していたが、施設建設や市場取引等の全体のサポートをお父様が全面的にやってくださっている。なので、文句をつけようなんて思っていない。実際のところお父様は〈娘の功績であり、私には身に余る〉とずっと裏で拒否をし続けていたらしいく、今回陛下が私と国宝を人質に捕って押し付けた。
お父様はもう少し、自分の行いに胸を張っても良いと思う。
「お嬢様。馬車の準備が整いました」
「ありがとう。リュカ」
黄色のワンピースドレス姿の私は、メイドから白い帽子を貰い、ゼノスさんと一緒に屋敷の外へ出た。今の季節は秋。アーダイン公爵から、牙獣の王冠への入場の許可が下り、準備をする為に麓の町へ行こうとしている。
秋は狩猟シーズンであり、貴族の間では大会が催される。学園では、10代の半ばから後半の貴族の子供達は休暇申請をして家に戻る事が多い。私は大会に参加しないが、それに便乗して2週間休暇申請をし、受理してもらった。
「今日はゼノスと一緒に護衛をさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
19歳になったゼノスさんは、リュカオンの身長を超え、180㎝に達している。
ゼノスさんは、現在屋敷で護衛兵として雇い入れている。パシュハラ辺境伯よりお父様宛に〈ゼノスをレンリオス領に留めて欲しい〉とお願いの手紙が届いた事がきっかけだ。彼に戦闘技術を教えつつ、お父様は連絡を取り合い最終的に了承した。
彼の母親は、お父様の管理している魔物討伐隊の人が森で彷徨っているのを発見し、保護をした。現在は、病院で療養しているが精神の病の為に完治するかは、いまだに解らない。
「キサミさんが来る日だよね? 屋敷に居なくて良いの?」
対してキサミさんはパシュハラ領へ戻る事を許され、帰還した。定期的にこちらへ来ては、ゼノスさんの様子を見ている。話を聴く限り、危険地帯やパシュハラ領は緊迫した状況ではない。ゼノスさんは後に侯爵になるから、経験を積ませたくて留めたのかもしれない。
「来るのはいつも夕方ごろですし、お嬢様の護衛でしたら何も言っては来ませんよ」
ゼノスさんはそう言って、屈託なく笑顔を見せる。
攻略候補の未来が完全に変わってしまった事に当初は内心驚き、戸惑った。しかし、ゲーム上の何かに追われていつも張り詰めていた表情を浮かべる姿に比べて、表情が柔らかくなり、笑顔を見せる今の彼の方が幸せそうに見える。
「それなら良かった。あ、そういえば、剣の手入れ用の油は足りている? 不足気味なら、一緒に買おうか?」
「大丈夫ですよ。充分に用意していますので」
ゼノスさんはそう言いながら、腰に携えた剣をちらりと見る。私が贈った剣をとても大切にしてくれているようで、とても嬉しい。
私は馬車に乗り、麓の町へと向かう。
4年間での年間の変化の中で、天来発明家の卵であるロクスウェルは正式にライバルになった。私が10歳の時、夏休み明けには〈プラネタリウム〉を完成させていたからだ。学園主催の夏の発明家コンクールではもちろん優勝し、貴族の後援者が付いた。これから彼は発明家として道を歩むが、私は表向き植物学から魔物生物学へ興味を示した形になり、ライバルと言えるのか疑問に思った。
ロクスウェルは、
「ミュミュ……おまえなぁ、僕に出したお題がどれだけ分野がバラバラなの分かってる? 名のある学者や専門家だって時には違う分野を学んだり、取り入れたりするんだ。変な所で責任感じていないで、自分のやりたいことをやりなよ」
そう言って、何処か呆れていた。
彼にとってはライバルとは、違う分野であろうと切磋琢磨し合い、刺激し合える人を意味しているようだ。私も彼を見習い、今やるべき事を頑張ろうと思った。
「お嬢様。間もなく、道具屋に到着します」
「うん。わかった」
御者を務めるリュカオンの言葉に、私は応える。
ずっと引きずっている小さな問題が一つだけある。それは、兄様の親友であるサジュのことだ。新しい家に付いたら手紙を出すと言っていたが、彼が引っ越してから1通も送られてこない。学園で会えるかも、と兄様は密かに期待していたが、入学をしていなかった。この4年間で編入してきた生徒の中にもいなかった。調べる事も可能だが、兄様はサジュを信じて今も連絡を取っていない。
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