59話 4年後に向けて
アーダイン公爵との話し合いが終わり、私は再び部屋で一人となった。
「レフィード、いる?」
『もちろんだ』
レフィードに声を掛けると、姿を現してくれた。
「さっきの話は聞いていたよね。私は4年間身体を鍛えて、身を守れるくらい強くなって、魔力を持てる量を増やすね」
『そうだな。6年後の為にも、力を貯める期間は必要だ』
まだ腕が翼の状態の人の姿をしたレフィードはベッドの上に乗り、私の隣へと座る。
『無事に目覚めてくれて良かった』
「うん。まさかこんな事になるとは思わなくて、驚いたよ」
3日も眠っていたなんて、今でも信じられない位だ。何が起こっても不思議ではないと思わされる。
『今度はミューゼリアをちゃんと導けるよう努力する』
「私もついて行ける位にならないとね」
まだ魔力をもって年の浅い一族の娘と精霊王の雛であるレフィードとの組み合わせは、相当アンバランスだ。しかし、下手に力を持っていると〈手を貸してもらっている〉のを自覚せず、忘れてしまう危険性がありそうだ。逆に良い塩梅だと思う。
才能のある主人公が調子に乗った挙句に大失敗をして、取り返しのつかない事件を引き起こしてしまう。そんなシナリオはこのゲームには無いが、リティナの性格がちょっと違えば有り得ただろう。アーダイン公爵の話から、魔法使いはとてつもない力を秘めている事が分かる。思い上がらない様に気をつけなければならない。
「あのさ、私の中にある記憶が精霊王の知識だって知って、どう思っているの?」
『悲しいとは思うが、辛くはない。判明するまで長引かれ悩むよりも、早めに知れて良かった。ただ、その……ミューゼリアに迷惑をかけてしまうのが、申し訳ない』
「え? レフィードが知るべき事と私のやるべき事は合致しているから、迷惑なんて一つもないよ」
もともとの協力関係が発展しただけ。迷惑なんて言葉が頭に浮かんだことすら一切ない。
『私はもどかしいんだ。強い力を持っているのに其れが扱えなくて、もっと思い通りに出来る筈なのに君を危ない目に遭わせてばかりだ』
私と違って力を持っているから、理想を強く描いてしまうのだろう。現実との差に苦悩しているようだ。
「それはレフィードがまだ生まれて2年の精霊で、私も提案に乗ったり、自分から行ったり、頼まれたりしたから。私はあなたに何度も助けてもらっている。そんなに責任を感じる必要はないよ。私の方が力不足だと思う位なんだから」
『しかし……』
「責任感じすぎ。私のお願いで姿を隠してもらっているし、重く考えすぎないで」
『もし、精霊王だったら、もっと安全にうまく事を運べたと思う』
ヴァーユイシャの話から、未来を見越して犠牲となった精霊王の存在がレフィードの中で強くなったようだ。遺物となっても維持されている強力な魔力と周囲に巻かれている魔素の量は、神の時代の名残とも呼べるほどに絶大だ。浄化に関しての話が断片だとしても、人間には想像を絶する程に長い時間を掛けて建てられた綿密な計画だと分かる。
次代で変更点があっても、誰かが代わりに浄化を担えるようにしていた。計画の内であれば、失敗しても其れを修正できうる後継者であるレフィードの存在や、精霊王の知識を魂に保管している私の存在も、手の平の上にあるようで妙な気分だ。
「もぉー! レフィードは、精霊王じゃなくてレフィードでしょ! それに、私とあなたがいなかったら、ヴァーユイシャは負の想念に取り込まれていたかもしれないよ。自分をちゃんと大切にして、出来た事を褒めてあげて!」
計画がある無しに関わらず、現代を生きているのは私達だ。全部が褒めるべき、私達の頑張りだ。レフィードにもそれが伝わってくれたら良いと思う。
『度々思うが、ミューゼリアは本当に10歳か? 発現がしっかりし過ぎている様に思える。私みたいに大人の記憶を受け継いでいないか?』
「うっ……それは、本を沢山読んでいたからだと思う……」
『? そうか???』
唐突に痛い所を突かないで欲しい。シャーナさんにも、同じ年か小柄な年上と勘違いされていたのを思い出した。
『……励ましてくれて、ありがとう』
レフィードは口元に笑みを浮かべる。少しぎごちないが、とても綺麗な表情だ。
「どういたしまして。レフィードは責任感が強すぎだよ」
『将来は精霊王なのだから、仕方ないだろう』
「そうだけどさぁ……」
ドアを叩く音と共にシャーナさんの声が聞こえてきた。
「ミューゼリアさん。カシウスがお見舞いの花を持って来たの。入っても良いかしら?」
「はい。どうぞ入ってください」
レフィードは直ぐに隠れ、それをちゃんと確認した。私が応えると、ドアが直ぐに開き、カシウスくんがパタパタと駆け足で入って来た。
「ミュー姉様!」
恥ずかしがり屋で、シャーナさんとアーダイン公爵が大好きで、笑顔がとても可愛いカシウスくん。今年で5歳になり、2年間の交流を経て私を慕ってくれるようになった。
「はい! お見舞いのお花です!」
「わぁ、綺麗だね! ありがとう!」
カシウスくんは白いバラ3本を私へ贈ってくれた。花の贈り物をする時は花言葉を意識して送る場合が多いが、代表としてラグニールさんが持って来てくれたモノも含めて、お見舞いの品なので目を瞑っても良いだろう。
「私達が花を摘みに行った時間帯が、ちょうどカシウスのお昼寝の時間だったの」
「だから先程は皆と一緒に居なかったのですね」
兄様達が部屋に来た時にいなかったのは、カシウス君は庭園で花を選んでいる最中だったから。私の為に皆が花を摘んでくれて、改めて嬉しく思う。
「皆の花と一緒に飾らせてもらうね」
「はい!」
カシウスくんはにっこりと笑顔で頷き、私は貰ったバラを花瓶へと差し入れた。
「……ミューゼリアさん。そろそろ、私とも敬語で話すのを辞めてみては、どうかしら? カシウスばかり、うらやましいわ」
私とカシウスくんのやりとりを見ていたシャーナさんが、言っている通りうらやましそうな表情でこちらを見ている。男爵と公爵の差は圧倒的であり、上下関係は厳守したいとは思うが、実のところ私も友達である彼女とは、兄様とレーヴァンス王太子のように対等な口調で話をしたい。
「えと……公の場でなければ」
「嬉しいわ! ありがとう!」
シャーナさんの方が地位や権力について、私よりもずっと理解している。私の意見に、それとなく受け入れて喜んでくれた。
その後、私達3人は会話を楽しんだ。つい癖で敬語になってしまう時もあるが、シャーナさんは私を咎めずにこやかに話をしてくれた。
1週間後、私と兄はレンリオスの屋敷に戻った。ゼノスさん達も次の日には戻ってきて、私達と一緒にお父様に格闘技術を教わり始めた。私はそれと一緒にリュカオンから剣術も習う事になった。お父様から、護身のために刃物の扱いに慣れる必要があると言われた。元々習おうと思っていたので、良いタイミングだ。3人程でないにしても、できる事が増えれば行動範囲が広がる。魔術の腕もあげないといけないので、結構に多忙だ。
「お付き合いしていただき、ありがとうございます」
私は馬車に揺られながら、アンジェラさんに礼を言った。
「良いよ。帰るついでだからね」
アンジェラさんに連れられて大きな街にある博物館に行った後、私はゼノスさんに贈る剣を武器屋で買った。
屋敷にある剣をリュカオンに見せてもらったが、雇い入れている護衛兵達の予備を含めた数しかなかった。私が勝手に取って行っては、彼らの迷惑になってしまう。なので、もう一つの案である買う方向へ変更をした。
「……あの、お金の方は良かったのですか? 結構かかっていますよね?」
自分のお小遣いで剣を買う予定だったが、アンジェラさんが全額負担してくれた。
「彼は、ミューゼリアちゃんを守ってくれたからね。ボクからもお礼したいと考えていたから、そこも気にしなくて良いよ」
「……わかりました」
正直、気にしてしまう。買っていただいた剣は、武器屋のカウンターの横にガラス張りのケースに飾られた、いかにも高い品だった。他の武器と違って値札が無く、アンジェラさんがさっさと購入してしまったので、どれ程の価値があるのかよく分からない。しかし、剣には風属性の魔鉱石が組み込まれているので、私の要望には合っている。
「気にしてしまうようなら、ボクにキミの隣人を改めて紹介してよ。ボクとしてはそっちの方が、価値があるから」
アンジェラさんは、かなりしっかりした人だと実感する。あの時、私とレフィードがうっかりしても、特に騒ぎ立てずに対応してくれた。今後も一緒に行動するなら、知ってもらった方が良いだろう。
「レフィード。出てきてくれる?」
『良いだろう』
呼びかけると、レフィードは人に近い姿で現れ、私の隣の席へと座った。
「へぇ。この子が……自己紹介は必要?」
『いや。いつもミューゼリアの隣に居て、聴いているので必要ない』
アンジェラさんは髪の間から見える目を輝かせながらも、落ち着いた様子で会話する。
人型の精霊は大発見だ! と声を上げるかと思った。至って冷静で、場所を弁え、私の行動から推測してくれたのか情報を外へ可能な限り出さない様にしてくれている。
「キミはボクにどう呼ばれたい?」
『レフィードで構わない。だが、基本は余り呼びかけないで欲しい』
「もちろん。キミの意向に沿うよ」
そう言いつつも、アンジェラさんは作業着のポケットから手帳とインクの垂れない特殊なペンを取り出している。
「ただ、ちょーと気になる事があるから、答えてくれないかな?」
『……剣の代金の代わりになるのなら』
レフィードも剣に対して、気になってはいたようだ。
「風森の神殿でミューゼリアちゃんと離された時、ボク含めた3人は何故か迷子になった。それをリュカオンくんが〈妖精の悪戯〉と言っていたんだけど、現代で妖精と認識されている人達の仕業ではないよね? あれは誰で、妖精とは何か理由や定義を知っているかな?」
亜人が妖精と名乗っている、と木精が発言していたのを思い出した。私も知りたくなり、レフィードを見つめる。
『お前達を迷子にさせたのは、あの地に住む妖精であるのは確かだ。本来、理に少しでも触れられるモノを妖精と定義される。そこに、現世で生きる生物も含まれる。例えば、猫たちだ。彼らは9回の生と死を繰り返す。それによって人語を知り、魔力を持つようになってくる』
「100年以上生きた動物が不思議な力を持つようになるって話も、その妖精の分類に含まれるんだね」
『あぁ、その場合もある。妖精へ変化する方法は様々だ』
「生まれついて妖精の場合もあれば、生きている内に妖精になる場合もあるのか……」
『死んでから妖精になる事もある。ただし、どれも意図的にはなれない。偶然に起きた自然現象の一つと考えてもらった方が良い』
「ややこしいね。そうなると亜人種達が妖精だって名乗っても、違うとは言い切れない」
ここからが妖精、と枠組みをするのが難しいと納得した。
アーダイン公爵の知人の妖精も、亜人が妖精の域に達している可能性が高い。また、浄化の力がある風化の舞を行う妖精達も亜人だとは言い切れない。時代を経て、社会に溶け込んだ種もいる。だが、木精の発言を考えると、800年前と人口比が変わり、妖精よりも自称する生物側が多くなったのだろう。実害は無いにしても、本来の意味が薄れるのは木精側からすると良い気分ではなさそうだ。
『アンジェラは亜人種を妖精種とは思っていないのか』
「魔物についての逸話を調べると、時々妖精が登場するんだ。今の妖精は社会性が人間とほぼ同じだから、物語の中の彼らと全く違う存在だとは考えていたよ。でも、時代の移ろいもあるからね……今回は、リュカオンくんの話が気になっただけだから、亜人種へ非難や批判をしたい訳ではないよ」
アンジェラさんは何かを書き連ねていくと、納得した様子で手帳を閉じた。
『そうか。質問は以上だろうか?』
「うん。今日のところは、キミの存在を認識できたし、これで良いかな。また何か気になったら、ミューゼリアちゃんの許可取るよ」
『わかった』
「あっ、そうだ。今後のボクとミューゼリアちゃんの師弟としての活動について、予定表を作るから今度送るね」
「はい。わかりました」
今回の様に博物館で魔物の進化の歴史について話を聴いたり、少人数でも入れるダンジョンで生物調査をしたりするのだろう。
これからの4年間が私にとって大きな力になる。頑張って皆について行かなければ。
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